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自殺と悲しみを隠さないノルウェー王室と遺族に感謝の声 王女の公式コメント

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
2002年に結婚したルイーセ王女と亡きアリ・ベン氏(写真:ロイター/アフロ)

クリスマスに命を絶ったマッタ・ルイーセ王女の元夫であるアリ・ベン氏。

メンタルヘルスというテーマにおいては日本と比べてオープンな国だが、自殺に関してはまだまだタブーだった。そのノルウェーの世論が、大きく変わるかもしれない。

ベン氏の自殺が公となったのは、彼の家族が死の原因を隠そうとしなかったからだ。

家族が自殺を隠したがったら、国内メディアも世論も遠慮をして、これほどニュースにしたり、話題にできなかっただろう。

王女とベン氏は2016年に離婚したが、2人の間には3人の子どもがおり、王室との交流は続いていた。

ベン氏には新しい彼女がいたが、クリスマス期間はルイーセ王女と子どもたちとも過ごす予定だったそうだ。

義理の息子であった男性の死に、国王は悲しみを隠すことをしなかった。

それでも、毎年恒例の大晦日の生中継スピーチをしなければいけなかった国王の義務に、同情する声も多かった。

王は、心の病気という闇に襲われている時、本人も残された人ももろい存在でしかないと言及。

「絵を描く」という共通の趣味で親交が続いていたソニア王妃は、公のイベントの出席を控えた。

有名人で、物議を醸し続けたベン氏の死に国民は動揺し、王室広場前にはキャンドルを灯す人が続いた。遺族は、国民の心のあたたかさに感謝していると、3日の葬式を一般にも開放し、様子は全て公共局で生中継された。

娘は、葬式のスピーチの場で、心が病んでいる国民に語りかける。「出口はあるから、命を絶たないで」と。その勇気と優しさに、感動する人は多かった。

葬式が終わったその日の夜遅く、ずっと沈黙していたルイーセ王女がインスタグラムを更新した。

「私たちは、あなたに会いたくてしかたがないわ、アリ。一緒にクリスマスを祝うのを、楽しみにしていたのよ」

「あなたがいなくなって、ぽっかりと大きな穴が開いてしまった。誰も、私たちの娘のために、この穴を代わりに埋めることはできないのよ」

「あなたがこの地を離れたがったことを考えると、胸が痛い。目に見えない病気は、あなたをどんどん覆っていったわね。精神的に心が弱っている時は、そう感じるものよね。私たちは、あなたがどんどん離れていくのをずっと見てきたわ。でも大丈夫だろうって、信じていたの」

「今までにみたいに、互いを応援しあえることができたらいいのに」

「私たちは生き続けるわね。あなたがよく言ってくれた言葉を胸に。毎日がお祝いで、宝石はあなただって」

ベン氏と離婚後、王女は新しい恋人と出合った。外国人で、霊媒師でもある相手との交際は、批判的に報道されてきた。

王女自身も、スピリチュアルな世界に没頭しており、「天使が見える」などの発言をしていた。その言動は王室メンバーとしてはあまりにも異例なため、批判されることは多かった。

だが、今回のベン氏の自殺、悲しみを隠さない王室メンバーと遺族、自殺と精神の病気を社会問題だと世間にあらためて認識させたことで、王女につらく当たる人は今後減るかもしれない。

ベン氏と親しかった友人、王室、遺族は、本人がここ数年間、精神的に病んでいたことを公にしている。支え続けてきたが、それでも心の病気が彼をむしばんでいったと。

心の病気は、個人の気持ち次第でどうにかできるものではない。治療が必要な病気であるという認識、必要な国のサポート、治療のための研究が必要だと、これまでよりも速いスピードで議論が今後進むだろう。

葬式の場で娘が国民に語り掛けた言葉は、「ノルウェーの歴史に残る言葉」として評価されている。

報道の在り方、SNSで他人にきつい言葉を投げたり、有名人なら批判にも耐えろという認識にも、変化がうまれそうだ。

この死をきっかけに、ノルウェーの人は、いままでよりも周囲や他者に、ほんのちょっと優しくなるだろう。

その変化のための代償は、あまりにも大きすぎたが。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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