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若者の投票率がたったの10%!フィンランド高校の対策/EU議会選

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
10代の政治の理解度を深めるために導入されたEUコースPhoto: Abumi

北欧では、市民は政治への関心が高く、投票率が高いのが定番だ。

しかし、ムーミンやマリメッコの国で知られるフィンランドは、ある課題を抱えていた。

5年に1度のEU議会選(欧州議会選挙)での若者の投票率が、「異常に低い」のだ。

前回の2014年のEU議会選では、18~24歳の若者の投票率は10%!

フィンランド国営局「Just 10% of Finland's 18 to 24-year-olds voted in last EU election」

参加国の中で、2番目に低い投票率だった。

※今回の選挙での、年齢ごとの投票率がわかるのは7月。

国政や自治体選挙では高い投票率だが、EU議会選への異常な関心の低さには、以下のようなことがあげられる。

  • 「13議席しかないフィンランドに、EUで影響力があるの?自分の一票の重さを実感できない」
  • 「国内選挙の立候補者の名前や顔はわかる。EU議会選は、誰が出馬しているのかさえ、よくわからない」
  • 「EUがなくなったとして、自分が投票しなかったとして、自分の毎日の生活に影響があるの?」

低すぎる関心・知識・投票率を上げるために、国や自治体、教育機関はどのような対策をとっているのだろう?

26日の開票日を直前に、フィンランドへと飛んだ。

※私の住んでいるノルウェーはEU非加盟国なので、EU議会選がそもそもない(ニューズウィーク:イギリスの「モデル」、ノルウェーはなぜEU非加盟?

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タピオラ高校 Photo: Asaki Abumi
タピオラ高校 Photo: Asaki Abumi

首都ヘルシンキに隣接している街、エスポー。富裕層が多い地域としても知られている。

学校の周囲には緑の自然があふれる Photo: Asaki Abumi
学校の周囲には緑の自然があふれる Photo: Asaki Abumi

タピオラ校では、EUのことだけを学ぶ授業が設けられていた。

EUコースの教室、壁にはEUの仕組みや政治のことが書かれた情報が貼られている Photo: Asaki Abumi
EUコースの教室、壁にはEUの仕組みや政治のことが書かれた情報が貼られている Photo: Asaki Abumi

「EUコース」と呼ばれており、75分間の授業が年に5回。前回のEU議会選の頃は、EUコースを受けるかは生徒が自由に選択できたが、その後、履修は義務となった。

他の学校でもEUコースはある。義務化されたことにより、若者の政治の関心が高まったかどうか、選挙後に判明する効果が期待されている。

「投票しよう!」EUの行進

数週間前に、生徒たちは、「EUの行進」を首都でしたばかり。

「投票しよう!」と声に出して、街を歩いた。この動画も、宿題で生徒が作ったもの。

難しい表現方法では、若者は政治に関心をもたない。

では、どうするか? 試行錯誤のヒントやアイデアが教室には詰まっていた。

SNS世代。インスタグラムなどでアップしやすいように、「投票しよう!」のフレームを手作り。公用語である、フィンランド語とスウェーデン語の両方で製作 Photo: Asaki Abumi
SNS世代。インスタグラムなどでアップしやすいように、「投票しよう!」のフレームを手作り。公用語である、フィンランド語とスウェーデン語の両方で製作 Photo: Asaki Abumi

おい、スウェーデンのほうが投票率が高いぞ!俺たち、負けてるぞ!

北欧各国といえば、自分たちをスウェーデンと比べることが好きだ。

「スウェーデンが羨ましい」という心理の現れなのだが、スウェーデンより良い成績を収めることとなると、ノルウェー、デンマーク、フィンランドの人々はむきになる。

一例:「スウェーデンよりもまし」北欧各国でネタにされやすい国」

  • 前回のEU議会選で、若者の投票率は、スウェーデン(66%)のほうがフィンランド(10%)より高かった
  • フィンランドといえばアイスホッケーの国、アイスホッケーはスウェーデンに負けない

このふたつの事実を使い、

「僕たちの投票率は、スウェーデンよりも低かったぞ! アイスホッケーでは勝てるんだから、投票率でも勝とう!」という言い方で、ポスターなどを作った。

スウェーデンとフィンランド、若者の投票率とアイスホッケー試合の得点を比較。とても分かりやすい Photo: Asaki Abumi
スウェーデンとフィンランド、若者の投票率とアイスホッケー試合の得点を比較。とても分かりやすい Photo: Asaki Abumi

「なに!スウェーデンには負けないぞ!」。

選挙に興味がない人でも、「じゃあ、投票しようかな」とふと思う(かもしれない)。

北欧でしか理解できない心理戦、うまいやり方だなと思った。

EU議会選をテーマにした宿題は学校の廊下に展示 Photo: Asaki Abumi
EU議会選をテーマにした宿題は学校の廊下に展示 Photo: Asaki Abumi

人気の漫画を選挙PRに

知らない政治家の顔写真。

わかりにくい文字情報ばかりが並んだ資料。

これで「政治に関心を持ちたまえ」と言われても、若者の心には響かない。

EUのことがぎっしり書き込まれた教科書。フィンランドは日本と違って暗記を重視する教育制度ではない。教科書はあまり使わなかった・そもそも持っていないという生徒も Photo: Asaki Abumi
EUのことがぎっしり書き込まれた教科書。フィンランドは日本と違って暗記を重視する教育制度ではない。教科書はあまり使わなかった・そもそも持っていないという生徒も Photo: Asaki Abumi

フィンランドは北欧他国に比べて、日本に通じる「かわいい文化」が浸透している国だなと感じる(ムーミン効果?)。

大人に人気があるという、汚い言葉を連発するハリネズミの漫画が、EU議会オフィスによって、PRキャンペーンとして使用されていた。

汚い言葉でののしる、フィンランドでは有名なハリネズミ、「投票しやがれ!」、「は!? また、選挙かよ!?」と複数のバージョンがある Photo: Asaki Abumi
汚い言葉でののしる、フィンランドでは有名なハリネズミ、「投票しやがれ!」、「は!? また、選挙かよ!?」と複数のバージョンがある Photo: Asaki Abumi

※北欧では、ハリネズミはペットショップで買うものではなく、市民の自宅の庭などに出現する慣れ親しんだ野生動物だ。

「投票しろよ、くそったれ!」と罵倒するハリネズミの絵のポスターを、高校生たちも利用していた。

EUの歴史・国同士の協調性を学ぶ、EU歌合戦を開催!

若者に政治に関心を持ってもらうなら、「エンターテインメント」性も重要だ。

音楽があれば、さらに楽しい。

政治は、楽しんで学ぶ。

「欧州の紅白歌合戦」とも言われている「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」をご存知だろうか?(知らなければ、ぜひネット検索してみてほしい)

EUコースの宿題で、中学生たちは「歌合戦・EU選挙」版を自分たちで企画。

タピオカ校のインスタグラムにある、こちらの動画を見てみてほしい。本格的なEU選挙音楽祭が行われている。

EUの歴史と共に、複数の国で協同しあうことの意義などを学べるコンテストだ。

「ノルウェーはEU非加盟国だけど、抜け道を使ってEUに参加している」という、おまけ情報なども盛り込んで。

首相からお手紙が届く!

EUコースは大人や国内メディアからも注目を浴びた。

シピラ首相は高校生たちの活動を讃えて、わざわざ手紙を送る。

首相からの手紙が教室に飾られていた Photo: Asaki Abumi
首相からの手紙が教室に飾られていた Photo: Asaki Abumi

EU議会選の立候補者である政治家たちも、学校を訪問して、政治の解説などをした。

フィンランドの国営局も高校生のEU行進をニュースとして報じる。

ネットも活用、楽しい模擬選挙、先生を信頼して授業内容はまかせる

EUコースを担当するリーマタイネン先生。後ろの紙は各党や政治家の情報 Photo: Asaki Abumi
EUコースを担当するリーマタイネン先生。後ろの紙は各党や政治家の情報 Photo: Asaki Abumi

生徒たちが授業中にスマホやパソコンを使うのも自由。

「検索して分かる数字は暗記しなくていい」と、「昨年のEUの予算は?」と先生が聞くと、生徒がネットでその場で検索する(リサーチ力や情報を見極める批判力も同時に身に着く。

北欧各国ではまだ有権者ではない若者も選挙を楽しめるように、学校で「模擬選挙」も行われる。

別記事:投票率83.4% 未成年が投票の練習をする「学校選挙」とは ノルウェー

「模擬選挙は、楽しい」と、生徒たちは思い出して笑っていた。

「私は投票する。なぜなら……」と書き込まれた紙。EU議会オフィスが配布したキャンペーンの一環 Photo: Asaki Abumi
「私は投票する。なぜなら……」と書き込まれた紙。EU議会オフィスが配布したキャンペーンの一環 Photo: Asaki Abumi

EUコースを担当していたのは、普段は歴史の科目を受け持つリーマタイネン先生。授業内容については、上から細かく指示されることはないそうだ。

「政治家が訪問するときは、1人以上をゲストにして、右派と左派のバランスがとれるようにします」。

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こうしたら、私たちは投票するかもしれない

18歳で今年初めて投票する、クラウス・キビリッシュさん、キーア・コイヴラさん、ノーラ・ヤッヌカイネンさん Photo: Asaki Abumi
18歳で今年初めて投票する、クラウス・キビリッシュさん、キーア・コイヴラさん、ノーラ・ヤッヌカイネンさん Photo: Asaki Abumi

今年初めて投票したという3人と、授業後にお話しをした。

およそ1か月前にあったフィンランド総選挙に続いて、EU議会選と続けて投票する。

異なる選挙が同じ年にかぶるのは、フィンランドでも珍しい。

フィンランドが若者の投票率をあげるなら、SNSをもっと有効活用するべきだと彼女たちは話す。

  • 「『投票の時期ですよ』という手紙を郵送するだけだとダメ。『どうして投票する必要があるの?』と、若い人はわからない」
  • 「『正しい・完璧な選択をしたい。間違えた人に投票して、後悔したくない』と思っている人が多い。完璧じゃなくていいんだよと伝えることも必要」
  • 「大人だけが投票しているから、イギリスのEU離脱が起きたり、気候変動対策が遅い。若者の声を代表する人が選ばれないとどうなるか。そういう情報が足りない」
  • 「私たちは政党や政治家を直接フォローはしない。インスタグラム、スナップチャット、フェイスブック、ツイッターとかに出てくる広告は役立つ情報になる。自分に合っている広告はイライラしないから、大人はSNSの有料広告をもっとうまく使ったほうがいい。私たちはもうテレビやラジオの世代じゃない」
  • 「フィンランドでは投票は簡単にできる。面倒だと思い込んで、どれだけ簡単にできるか、分かっていない人が多いんじゃないかな」

日本に留学したことがあるクラウスさんは、「フィンランドと比べて、日本の若い人は日常生活で政治の話をしないよね」と、カルチャーの違いも感じたと語る。

EUコースを受けた彼らは「投票日が楽しみだ」と、笑顔で語った。

投票したくて、うずうずしている若者を増やすには?

先生の服には、「今回は私は投票する」と文字が刻まれたバッジが Photo: Asaki Abumi
先生の服には、「今回は私は投票する」と文字が刻まれたバッジが Photo: Asaki Abumi

「この教室では、クラスメートの半数が18歳なので投票できるけど、残りはまだ未成年。今年は、総選挙とEU議会選が続いた。周りが初投票して盛り上がっているのに、2回も投票できなかった友達は、『わたしも、投票したい!』と悔しがっていたよ」とキーアさんとノーラさん。

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EUコースの雰囲気は、「楽しい」で溢れていた。

「わかりやすい」、「楽しい」、「私が投票しなかったら、日常生活はどう変わる?」、「SNS」、「自由な授業内容」がキーワードかもしれない。

今年のEU議会選における、フィンランドの若者の投票率がわかるのは7月だ。

各自治体で導入されたEUコースに効果はあったか。次の選挙に向けて、取り組みがどう改善されていくのか、今後の動向も気になる。

別記事:若者の投票率をあげようと、フィンランド国営局が作ったものとは?

「フィンランド選挙PRがなぜか日本語アニメですごい、退屈な政治を楽しんでほしい」

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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