「スウェーデンよりもまし」北欧各国でネタにされやすい国 北欧メディア調査から
5月、ノルウェーの街ベルゲンで開催された北欧メディア祭で、毎年恒例のメディア調査が発表された。
ご近所同士のノルウェーとスウェーデンは、兄弟のような関係でありながら、お互いをからかう傾向にある。
- 「ノルウェーは、スウェーデンよりはましだ」
- 「スウェーデンのほうが、ノルウェーよりも優秀」
音楽、スキー、国際調査など、様々な面で競い合う。
極端な例として、最近ではフィンランド、ノルウェー、デンマークの極右(右翼ポピュリスト政党)が、「スウェーデンのような移民政策の失敗を、私たちはしない!」と言い始めた(北欧での移民・難民の受け入れで、最も寛容的なのはスウェーデンだといわれやすい)。
今年の北欧メディア調査では、「では、冗談はどれほど本当か」調べるために、ノルウェーとスウェーデンの比較調査が重点的に行われた。
調査で発表された結果の一部を見てみよう。
質問1 どれほどメディアを信頼しているか?
「非常に信頼している」、「ある程度信頼している」と答えた割合
- ノルウェーのジャーナリスト 95%
- ノルウェーの視聴者・読者 81%
- スウェーデンのジャーナリスト 90%
- スウェーデンの視聴者・読者 63%
北欧の平等と他人を信頼する心
筆者のコメント:
両国ともにメディアに対する信頼度は高い傾向。ジャーナリストがメディアを信頼しているのは、まあ当たり前だろう。
スウェーデンのほうが、市民のメディアに対する信頼度が低い。63%は問題ともいえる低い数字だ。
北欧といえば、平等先進国として有名だ。
「平等」を重んじる国では、競争を嫌がり、他者への信頼度は高くなり、個人情報もオープンにされやすい(日本とは逆のモデル)。
北欧では政治家やメディアに対する市民の信頼度は、以前から全体的に高い傾向がある。これは世界レベルで行われる幸福度調査の結果にも影響している。
それなのに、スウェーデン市民のメディアに対する信頼度が意外と低いというのは、注目に値する。
質問2「欧米出身ではない移民はノルウェー社会に合わない」という意見がある。これが報道機関の公式サイトに掲載されることに、どれほど賛成・反対か?
ノルウェーのジャーナリスト
- 「掲載にとても賛成・まあまあ賛成」 66%
- 「どちらでもない」 13%
- 「掲載にとても反対・まあまあ反対」 13%
スウェーデンのジャーナリスト
- 「掲載にとても賛成・まあまあ賛成」 40%
- 「どちらでもない」 15%
- 「掲載にとても反対・まあまあ反対」 38%
スウェーデンのほうが厳しいメディア倫理をもつ、つまり?
筆者のコメント:
北欧の大手報道機関は、「中道左派寄りだ」という指摘や調査結果が以前からある。
「移民や難民が、さらに差別されそうな意見は掲載されるべきではない」と考える記者が、ノルウェーよりもスウェーデンのほうが多い。
これには各国のメディア倫理も関係している。
報道機関の連盟が独自に作る規則の中で、「差別を起こすような極論を掲載するべきではない」という考え方・ルールは、ノルウェーよりもスウェーデンのほうが厳しい。
しかし、結果、今の時代では、移民や難民に懐疑的な人の意見は、大手機関では反映されにくいという現状もうむ(結果、極右の支持者の既存メディア嫌いが加速する)。
昨年、スウェーデン総選挙の取材で首都ストックホルムに行った際、複数のスウェーデンの報道関係者や市民と話をした。現地の記者と話していて驚いたのが、確かにメディア倫理がスウェーデンのほうが厳しそうだということだ。
宗教や人種のテーマとなると、「それを口にするのは人種差別では」と、スウェーデンのほうが恐らく言われやすい。
立場が異なる人からすると、大手メディアで目立つのは「政治的に正しい/ポリティカル・コレクトネス」で、時にこれは公の場で正直な話がしにくいということにもなる。
特定の宗教・セクシュアリティ・人種の人が居心地の悪さを感じないように。スウェーデンの報道関係者は「門番」の役割に、より強い責任を感じていることにもなる。
質問3 意見が異なるAさんとBさんがいる。2人のうち、どちらにより賛成か?
Aさん「例え一部の人を傷つけるとしても、社会のさまざまな意見が出ることが重要だ」
Bさん「極端な意見は、社会での憎悪を助長させ、言論の自由を脅かす」
「Aさん」と答えた
- ノルウェーのジャーナリスト 75% (Bさん 15%)
- ノルウェーの視聴者・読者 69% (Bさん 22%)
- スウェーデンのジャーナリスト 69% (Bさん 16%)
- スウェーデンの視聴者・読者 72% (Bさん 20%)
「社会のさまざま意見」を求めながら、コメント欄を続々と閉鎖する
コメント:
結果は両国ではあまり変わりはない。
10人中、およそ7人が、多種多様な意見が出ることを求めている。「民主主義」という言葉に強いこだわりがある国ならではともいえる。
一方で、日本ではあまり見られない北欧の大手メディア独特の傾向が、「コメント欄の閉鎖」、「SNSでのお叱り」だ。
メディア機関のコメント欄は、数年前から続々と閉鎖されている。差別的な発言が後を絶たないからだ。感情的・極論を言う人には、「個人攻撃はせずに、しっかりと議論してください」と報道機関側がコメントするのはよくあるし、コメント削除は日常茶飯事、たまに本人に電話さえする。
ノルウェーのそのような状況をよく見ている私からすると、日本のメディアのコメント欄は「自由すぎる」、ノルウェーの記者からすると「野放し状態」、「無責任」だろう。
「さまざまな意見」は、一部のグループを時に傷つけ、ネット議論を嫌がる人もいる。かつてのような北欧流の民主的な議論が、SNS時代に難しくなっている。報道機関は、「どうしたものか」と頭を抱えているのだ。
「民主的に、いろいろな人の意見を」と言いながら、コメント欄は閉鎖する。本音と建前、葛藤が、ちらちらと見え隠れしている。
寛容的な福祉制度をもつ北欧メディアの課題
移民や難民を多く受け入れ、同時に他国よりも寛容的な福祉制度をもつ北欧。
税金を払わないグループに対する視線は、時に厳しい。
ネットにより、移民や難民に対する差別と偏見がより溢れていると指摘される中、報道機関は責任も感じている。
右翼ポピュリスト政党が一定の支持率を維持している今、このような調査は今後はより重要視されるだろう。
北欧で、「スウェーデン」は比較基準にされやすい
「ノルウェーよりも、スウェーデンのほうが移民・難民議論はしにくい」、「ノルウェーのほうがまし」という噂や言い分。
ノルウェーでは数年前から取材中に何度も聞いていたのだが、「そうなの?」と私は実感できずにいた。
ただ、昨年スウェーデン現地で記者たちと話していると、「あれ?」と違いを感じることが確かにあった。スウェーデンのほうが、このテーマにおいては敏感なのかもしれない、とも。
4月にフィンランド総選挙の取材に行った際も、やはりスウェーデンがネタになっていることがあった。
スウェーデンの移民・難民政策が失敗なのかは、人によって意見が分かれるだろう。私がもしイスラム教徒の女性で、難民としてスウェーデンに住んでいたら、報道機関の姿勢はありがたいと感じていたかもしれない。
いずれにしても、「スウェーデン・モデル」が北欧他国の政治・社会議論でエサにされやすいのは確かだ。
スウェーデンは、北欧社会モデルの比較基準として、これからも注目を集めるだろう。
Photo&Text: Asaki Abumi