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記者の葛藤 バノン氏を招待した北欧メディア祭に批判が殺到

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノルウェーで講演 写真:@jarlehm/Nordiske Mediedager

5月8~10日、ノルウェーの街ベルゲンで「北欧メディア祭」が開催された。

ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの報道関係者が毎年集まる、一大イベント。

ガーディアンやファイナンシャル・タイムズなどをゲストに迎え、メディアの現状・課題や今後のビジネスモデルなどが議論される。

今年は、通常よりもイベントに注目と批判が殺到した。

「台風の目」となったのは、ドナルド・トランプ氏の元側近であるスティーブ・バノン氏。ゲストとして正式に招待されていたのだ。

バノン氏の講演を聞こうと会場前には長蛇の列。中に入れずに、イライラしている人もいた Photo: Asaki Abumi
バノン氏の講演を聞こうと会場前には長蛇の列。中に入れずに、イライラしている人もいた Photo: Asaki Abumi

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筆者個人の印象では、北欧ではトランプ氏嫌いが全体的に強い。

一方で、「移民や難民が増えすぎると、北欧の福祉制度が続かない」と、一部の市民からの根強い支持で、右翼ポピュリスト(極右)に位置する政党は、各国の国会の構図に影響を与え続けている。

北欧極右の支持者たちは伝統メディアを嫌い、SNSやコメント欄を荒らす「ネット・トロール」ともなる。

荒れやすいネットで議論することを嫌がる人もおり、北欧が理想とする「民主的な議論の場」が、時に難しいことも指摘されている。

北欧の大手報道機関では、編集者もジャーナリストも中道左派の傾向が強いことが、毎年のメディア調査で明らかになっている。

世界中・自分たちの国で起きている、右翼ポピュリズムの分析に頭を抱える大手報道機関。

右翼ポピュリストの政党には、都合のいい宣伝の場として利用されていることも、編集長の悩みの種だ。

彼らの言葉を流したら、プロパガンダ拡散ともなってしまう。

同時に、トランプ氏やバノン氏レベルの大物を「インタビューしたい」という本音もある。だが、ノルウェー、スウェーデン、デンマークは規模的には小さい国のため、相手にされにくく、直接取材は簡単ではない。

「右翼ポピュリストやその支持者を、どう扱っていいか分からない」。これが北欧の大手報道機関のジレンマだ。

その中で、複数の国を代表する「北欧メディア祭」が、「あの」有名なバノン氏を招待することを決めた。

Photo: @jarlehm /Nordiske Mediedager
Photo: @jarlehm /Nordiske Mediedager

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報道関係者にとっては、貴重なチャンスだ。同時に、ジレンマを伴う。

どこかの新聞社やテレビ局が1社だけで取材申請をしても、長時間インタビューは難しかったかもしれない。取材しても、「バノンの思想の垂れ流しだ」と、読者などから批判がくるだろう。

各国のたくさんのメディアが集まる会議の「公式ゲスト」であれば、責任の所在・ジレンマ・予想される批判などを中和することができる。

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対応策や助言も必要としていた。

メディア操作が上手な右翼ポピュリストに、報道機関はどう対応するべきか。ガーディアン紙などの他国の経験者が、意見を共有し、アドバイスする講演も設けられた。

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バノン氏の公式招待が公になると、現地ノルウェーではすぐに議論が巻き起こった。

欧州議会議員選挙は近い。各国の極右を応援したいバノン氏にとって、メディアを通じて、自分の言葉が拡散されるのは都合がいい。

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イベントの一環で、トランプ政権を離れた後のバノン氏を追ったドキュメンタリー映画『ザ・ブリンク/ The Brink』も上映された。

ベルゲン映画館での上映会 Photo: Asaki Abumi
ベルゲン映画館での上映会 Photo: Asaki Abumi

彼がどれほど意識的にメディアを利用しているかが、伝わるシーンも映画にはあった。

現地に招待されていたアリソン・クレイマン監督。上映後、北欧の報道陣から、「バノン氏に接触する際に、気を付けるべきことは何かありますか?」という質問も飛ぶ。

これに対してクレイマン監督は、バノン氏はメディア慣れしており、恐らく記者が彼の手の上で転がされるだろうこと、「取材開始の際、バノン氏は機嫌がよさそうな表情をしないことが多い」などとアドバイスしていた。

「報道では、バノン氏は悪人で差別主義者のような印象を受ける。彼がそうであるかは、私にはどうでもいいこと。私は、彼自身と舞台裏を撮影したかった」とも語った。

バノン氏や自国の右翼ポピュリスト政党に、「自分たちは踊らされている」ことを、北欧の報道関係者は嫌々と自覚しているのだなと筆者は感じた。

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バノン氏の講演は1時間に及び、ノルウェー国営放送局は公式サイトで生放送した。

会場の外では、前日・当日と、現地の人々が、「バノンに発言する場を与えてはいけない!」と抗議する。

しかし、現場には100人もおらず、抗議活動が日常茶飯事で起こるノルウェーにしては少ない数だ。「ベルゲン市民はそこまで気にしていないのかな」と驚いた。

Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

各国の国営放送局も参加する「北欧メディア祭」が、バノン氏を招待し、彼の言葉をメディアが「垂れ流す」ことには強いバッシングもあった。一部の見識者たちはイベントのボイコットを呼びかけ、議論に招待されても断った人もいた。

「私たちはバノン氏を好きだから招待したのではありません。右翼ポピュリストの台頭という政治の流れを理解するためです。彼をインタビューしたからといって、彼を支持することにはなりません。必ずしも同意しない人々の声に耳を傾けることも、言論の自由に関わってくるのです」と、北欧メディア祭のグリ・ヘフテ代表は開会式で話した。

「帰れ、バノン」、「バノンに空席を」と抗議する人々。抗議する人々の少なさは、逆にバノン氏の影響力の低下を意味するか? Photo: Asaki Abumi
「帰れ、バノン」、「バノンに空席を」と抗議する人々。抗議する人々の少なさは、逆にバノン氏の影響力の低下を意味するか? Photo: Asaki Abumi

新聞社などは単独インタビューも行い、バノン氏を特集する。

ちなみに、バノン氏は今回の訪問で、特に新しい発言はしておらず、これまでと同じような主張をしていた。だからこそ、わざわざ招待して、彼の思想を「垂れ流した」北欧メディアに、バノン氏を好まない人々は不満の声をあげる。

「北欧メディア祭は、バカだ」

「私たちは、何か学んだか?」

そのような批判が各紙のコラムやSNSで飛び散る。では、北欧の報道陣には何ができたのだろうか?

今回の件で一番得をしたのは、やはり自分の言葉を大手北欧メディアを通じて流したバノン氏だろう。

ノルウェーはEU非加盟国だ。欧州議会議員選挙が行われるスウェーデンやデンマークがイベント開催国で、バノン氏が招待されていたら、批判の渦はもっと大きくなっていただろう。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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