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「ムンクが喜んでくれるといいが」 今度は盗まれない?新ムンク美術館の工事現場を訪問

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
2020年オープン予定の新ムンク美術館 Photo:Munchmuseet

「これはオスロ県からムンクへの声明ともいえる。巨額プロジェクトに、ムンクは喜んでくれているのではないか」。

「ムンクが今生きていたら、なんと言っていたでしょう?」。

記者からの質問に、ムンク美術館のスタイン・オラーフ・ヘンリクセン館長は、ノルウェー国際プレス団体にそう語った。

今後の展望を説明する館長 Photo: Asaki Abumi
今後の展望を説明する館長 Photo: Asaki Abumi

世界的にも有名な『叫び』を描いたのは、ノルウェー人画家エドヴァルド・ムンク。

首都オスロには、ムンクが『叫び』のインスピレーションを受けたであろうとされるエーケベルグの丘やムンクの墓、かつての住居やアトリエが、今も残る。

2020年はオスロの文化年に

今、オスロフィヨルド沿いにあるビョルビカ地区では、大規模な再開発工事がおこなわれている。

完成予定のビョルビカ地区 Photo:Munchmuseet
完成予定のビョルビカ地区 Photo:Munchmuseet

2020年には、新しいムンク美術館、国立図書館、国立美術館の3大建築がオープン予定。

オスロ県にとって、2020年は世界中から文化観光客が押し寄せる「カルチャーイヤー」となることは間違いない。

ムンク美術館では『叫び』はたまにしかお披露目されていなかった

現在建設中の新ムンク美術館の様子 Photo: Asaki Abumi
現在建設中の新ムンク美術館の様子 Photo: Asaki Abumi

世界に複数ある『叫び』のうち、オスロではムンク美術館と国立美術館が所有。

国立美術館では『叫び』は通年展示されているが、ムンク美術館では絵の保存や他国への貸し出しのために、「たまに」展示されていた。

「ムンク美術館に楽しみにして来たら、『叫び』がなかった」、とがっかりすることも、今まではあったわけだ。

新しいムンク美術館では、環境設備が改善されるために、『叫び』は通年展示される「予定」とのこと。

『叫び』はもう盗まれない?大丈夫?

新しいムンク美術館の存在は、国内外でもう何年も注目を集め、議論を巻き起こしてきた。

国際メディアは、軽いセキュリティで一度盗難された『叫び』を、新しい施設ではどう守るのかという視点でみる。

エントランスから入ると、目の前に広がるのは大きなホール Photo: Asaki Abumi
エントランスから入ると、目の前に広がるのは大きなホール Photo: Asaki Abumi
完成予定の1階ホール Photo: Munchmuseet
完成予定の1階ホール Photo: Munchmuseet
毎日、着々と工事が進む Photo: Asaki Abumi
毎日、着々と工事が進む Photo: Asaki Abumi
一般市民は立ち入り禁止で、報道機関や関係者のみが許可を得て入ることが可能。泥棒を計画する人に余計な情報が漏れないように、写真撮影ができる場所は制限されている Photo: Asaki Abumi
一般市民は立ち入り禁止で、報道機関や関係者のみが許可を得て入ることが可能。泥棒を計画する人に余計な情報が漏れないように、写真撮影ができる場所は制限されている Photo: Asaki Abumi
筆者は新ムンク美術館は取材ですでに3度訪れているが、館内の工事はどんどんと進んでいる Photo: Asaki Abumi
筆者は新ムンク美術館は取材ですでに3度訪れているが、館内の工事はどんどんと進んでいる Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi
日本だけでなく、イタリアなどたくさんの国のメディアが、今年はもう新ムンク美術館を取材にきている。「いい眺めだよ」、工事現場の人が、屋根の上から挨拶してくる Photo: Asaki Abumi
日本だけでなく、イタリアなどたくさんの国のメディアが、今年はもう新ムンク美術館を取材にきている。「いい眺めだよ」、工事現場の人が、屋根の上から挨拶してくる Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

ムンクはノルウェー人にとって大切な存在

ノルウェー現地では、議論がいくつも起こっていた。

市民の税金がかかったプロジェクトで、思い入れが深いムンク作品ともなれば、政治家も巻き込んで、何年もみんなで話し合う。

オスロ県に寄贈されたムンク作品は、「みんなのもの」でもある。

館内で作品をスマホで自由に撮影して、商業目的ではないのならネットでシェアしていいことに驚く人が多いのだが、それには「ムンクはみんなのもの」という考えがあるからだ。

新ムンク美術館でも、観光客のスマホでの撮影は自由にする方針とのこと(フラッシュ・三脚はなし)。

だから、美術館の完成予定が遅れても、みんなで話し合う必要がある。政権交代が頻繁に起こる国でもあるため、右派と左派の権力入れ替えが起こるたびに、議論が再燃する。

新ムンク美術館に関する議論においては、例えば、外観は「醜い」のか「美しい」のか、ということ。

完成予定図。上の階にいけばいくほど、オスロを一望できる仕組みになっている Photo: Munchmuseet
完成予定図。上の階にいけばいくほど、オスロを一望できる仕組みになっている Photo: Munchmuseet

なにより、「どの土地に」、館を建設するかは重要だった。

ムンク美術館の建設地が議論される理由

今のムンク美術館はトイエン地区にある。

移民や金銭的に貧しい家庭が多めなど、オスロ県の社会問題が凝縮されたシンボルのような場所でもある。そのような場所に、様々な人々を集めるムンク美術館があることは、土地の発展に貢献していた。

その館を、裕福なエリアのシンボルであるビョルビカ地区に移動させることには、眉をしかめる人も。

移転はすでに決定したが、今のムンク美術館が移動した後は、その建物をなにに使うかも議論されている。

新ムンク美術館は、なぜこの形?

巨大な絵を置くスペースもできる予定 Photo: Munchmuseet
巨大な絵を置くスペースもできる予定 Photo: Munchmuseet

新しいムンク美術館の上部は、斜めに「おじぎ」しているような形だ。

「『叫び』に由来して、自然の叫びに、建物が反応してゆがんでいるのか?」。他国の新聞社の記者は工事責任者に尋ねた。

そうであったほうがエピソード的には面白いのだが、実は違う。

スペインのEstudio Herreros/LPO arkitekter AS.建築事務所によってデザインされた新ムンク美術館は、「ラムダ」とも呼ばれる。

目の前にあるオペラハウスとオスロフィヨルドに向かって、おじぎをしているように見えるのは、オスロの旧市街への「敬意」を表して。ラムダはギリシャ文字の第11字のシンボルにも似ており、外観は波の形にも見える。

環境に優しい構造であるように、省エネルギー住宅を参考にしたり、外の日差しや熱から作品を守れるようにコンクリートやガラスを使用するなど、様々な仕組みもされている。

館内には、飲食店、映画や演劇鑑賞を楽しめる文化会場も入れ込み、高さ58メートル・13階建てとなる Photo: Munchmuseet
館内には、飲食店、映画や演劇鑑賞を楽しめる文化会場も入れ込み、高さ58メートル・13階建てとなる Photo: Munchmuseet

ムンク美術館は、年に50万から100万人の来場者を見込んでいる。

工事現場から見えるオスロ市内とフィヨルド Photo: Asaki Abumi
工事現場から見えるオスロ市内とフィヨルド Photo: Asaki Abumi

ちなみに、国が誇るプロジェクトでありながら、なぜノルウェーの建設事務所に依頼しなかったのか?これには、北欧が誇る「平等」の精神が関係している。

「平等に、みんなに競争に参加するチャンスを与える」ため、デザインコンテストではどこの国も参加することが可能だった。

社会議論をスタートさせるムンク美術館の役目

今のムンク美術館がオープンしたのは、1963年。

他の美術館と異なり、ムンク美術館は、あえて物議を醸すような挑戦も数多くしてきた。

「芸術が超えてはいけない境界線はあるのか。警察に通報されたノルウェーのムンク美術館の挑戦」

今後も、政治などの議論の中枢にいる姿勢がみえており、新しい美術館では政治家などを招いたトークショーも開催していく予定。

国際メディアの記者たちから、盗難対策のセキュリティの質問を次々と受ける館長。話しすぎたら、泥棒に好都合だ。答えはうまくかわされる Photo:Asaki Abumi
国際メディアの記者たちから、盗難対策のセキュリティの質問を次々と受ける館長。話しすぎたら、泥棒に好都合だ。答えはうまくかわされる Photo:Asaki Abumi

「今の美術館よりも、新美術館は5倍は広くなる。ラディカルな転換でもあるため、すでに世界中から問い合わせも来ている。新美術館では、これまでとは違うアート体験ができることでしょう」と、館長は取材で語った。

※10月27日~2019年1月20日には、東京都美術館にて、『叫び』を含めた「ムンク展―共鳴する魂の叫び Munch: A Retrospective」展が開催予定。ムンク好きなら、ぜひチェックしておきたい。

ムンクが『叫び』のインスピレーションを受けたとされるエーケベルグの丘。同じ背景とオスロフィヨルドが、新ムンク美術館からは一望できる。2020年には、観光客もこの景色を眺めることができる Photo: Asaki Abumi
ムンクが『叫び』のインスピレーションを受けたとされるエーケベルグの丘。同じ背景とオスロフィヨルドが、新ムンク美術館からは一望できる。2020年には、観光客もこの景色を眺めることができる Photo: Asaki Abumi

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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