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ノルウェーのSNS事情、ヘイトスピーチ増加によるネット議論の課題

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ネットで脅迫される若い政治家。一般の若者がSNS議論を避けることが心配されている(写真:ロイター/アフロ)

ノルウェーの平等・差別オンブッド(行政監視機関)による調査で、ヘイトスピーチ増加が原因で、ネット議論を避ける人がいる現状が浮き彫りとなった。

ノルウェーでは10人中6人は毎月Facebookでなんらかの議論に参加している。差別的・ネガティブな発言をされることを避けるために、残りはネット議論には参加していないとオンブッドは発表。

この結果は現地メディアで大きく取り上げられ、「深刻な事態だ」とオンブッドのビュルストルム氏はNRKに答える。

「ネットはノルウェーでは重要な議論の場であり、人々が距離を置こうとすると、より悪い議論環境となる。民主的な問題だ」。

ノルウェーのSNS事情

ノルウェーでは、Twtitterでは顔写真や本名を公開する人が多い。政治家や企業・団体のリーダーなど、社会的に影響力があるとされる層のユーザーが多いとされている。アニメや動物などのアイコンを使用し、匿名の場合は、意見としてあまり重要視されない傾向にあるのが特徴だ。

国民のFacebook、Snapchat、Instagramの使用率は高い。知名度に限らず、幅広い人々の議論の場はFacebookとなっている。

筆者の取材先では、「政治家らはTwitterをよく使うが、そもそもそこに『普通の人』はあまりいない」という指摘をよく聞く。

ヘイトスピーチの対象は、ムスリム、移民風の若い女性

オンブッド調査によると、Facebookでもっとも攻撃対象となりやすいのは、「生粋のノルウェー」人以外の難民・移民背景をもつ人(41%)、政治的にアクティブな活動をする人(31%)、女性(28%)だ。

宗教に対するヘイトスピーチは、82%がイスラム教を占める。

イスラム教徒・ヒジャブ・移民・若い・女性などの要素が加わると、ネットで個人攻撃されやすいことはノルウェーでは以前から問題視されている。

「お前の国に帰れ」など、肌の色・氏名・宗教・人種についての個人攻撃が増えると、本来の政治や社会議論が困難になるためだ。

ネットでの安易な発言は、恐らく対面であれば本人には直接言わないであろうこと。大人たちの信じられないようなネットでの発言を、若者や子どもは見ていること。今後、若者がネット議論や社会参加を避けたがる原因になると、大人の政治家らはよく心配している。

SNSでアカウントをもつか、ネットでコメントや議論をするかどうかは本人の自由であり、ネット中心の生活をしない人がいることは筆者はマイナスとはあまり感じない。ネット世論は偏っているという周知よりも、「より多くの人がFacebookなどで議論することが理想」という前提は、ノルウェーの特徴だなと感じる。

大手メディアのSNSコメント欄にヘイトスピーチ

調査によると、ノルウェー国営放送局NRKや民間最大手テレビ局TV2のFacebookでは、コメントの10件に1件がヘイトスピーチで、73%が男性によるコメント。

コメント欄を管理しきれていない報道機関や政党・政治家にも責任があるというのが、ノルウェーでよく聞く主張だ。

一方で、ノルウェーのメディアはコメントを削除するだけでなく、フォロワーに「個人攻撃ではなく、もっとまともな議論を」とたしなめたり、一部の人には直接電話をするなどをしている。記事リンク先を投稿するメディアだけに、どの程度の今以上の「管理」と責任を求めていくのか、筆者の気になるところだ。

最大手紙で最もブロックされているのは、10人中9人が50歳以上の男性

ネットで最も読まれている新聞として有名なVG紙。VGのSNSのコメント欄を管理するソルスタ氏は、「あまりにもひどい発言をするため、サイトから最もブロックされるのが誰かといえば、10人中9人が50歳以上の男性」と語る(NRK)。

同氏によると、大人の男性は、権力ある立場にいる移民や若い女性に怒りを覚えているという。

「ネットやSNSで非常識なのは若者ではなく大人で、マナー講座を受けるべきは大人」とソルスタ氏は答える。

脅迫を受ける若い政治家たち

28日は、オンブッドの調査や、若い女性政治家がネットで脅迫を受けていることが大きく報じられた。

オスロ中心地での車の規制など、過激な環境政策を進めるラン・マリエ・ヌエン・バルグ氏は、ノルウェー生まれだがアジア人風の外見をしている女性政治家だ(30)。父親はベトナム難民だった。市民には車に依存しない生活を推進していたが、ネットでの脅迫が続き、自身は身の安全のために車での移動を余儀なくされている。

オスロで交通・環境政策を担うバルグ氏(緑の環境党) Photo: Asaki Abumi
オスロで交通・環境政策を担うバルグ氏(緑の環境党) Photo: Asaki Abumi

「ネットのトロルたちは重要な議論を困難にさせ、人々が社会参加を怖がるようになってしまう。一部の重要な声が埋もれてしまうことになり、その代償は高い。『送信』ボタンを押す前に、今一度考えてほしい」と自身のFacebookで発言。

「SNSでこのような目にあうとわかっていれば、選挙に出馬していたかわからなかった」と28日にNRKに答えた。

労働党青年部のマニ・フサイニ氏(30)は、シリア難民という背景などが原因で、頻繁に脅迫を受けている男性政治家だ。「規制が必要。誰もが自由に何を言ってもいいわけではない」とNRKの夕方のニュース番組で答えた。

労働党青年部のリーダー、フサイニ氏(右)と労働党党首(左) Photo: Asaki Abumi
労働党青年部のリーダー、フサイニ氏(右)と労働党党首(左) Photo: Asaki Abumi

Facebookでの反応は様々だ。

「政策には同意できないが、脅迫を受けるべきではない」、「脅迫に耐えながら、頑張ってくれてありがとう」。

「権力がある政治家は、それでも不人気の政策を進める。無力と感じる一般市民が感情的になるのも仕方がない」、「嫌なら仕事をやめればいい」、「性別などが原因ではなく、その政策や考えに同意できないから反対しているのだ」。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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