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女性が働きやすい社会の実現・政治参加の難しさに悩む人へ。ノルウェー初の元女性首相の言葉

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
初の女性首相として当時は様々な批判も浴びた人物 Photo:A Abumi

男女平等政策の先進国とされているノルウェー。それでも、未だに女性がぶつかる壁は多いと、ノルウェーでは頻繁に新聞のコラム欄などで議論されている。

世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2016」によると、日本の順位は144か国中111位。一方、1位はアイスランド、2位はフィンランド、3位はノルウェー、4位はスウェーデンと北欧各国が上位を占めた。

2016年にグラスドア・エコノミック・リサーチより発表された調査によると、職場でのジェンダー平等ランキングでは1位がスウェーデン、2位がノルウェー、3位がフィンランド。他にも、女性の働きやすさにおける調査では北欧は頻繁に高評価を得ている。

ノルウェーの大黒柱は、石油だけではなく、女性たち

北欧各国の中で、ノルウェーの事例を考える時、重要なポイントがある。1960代以降、石油・ガス資源によって成り立ってきた豊かな国家経済だ。同時に、社会がここまで豊かになった別の理由として、ノルウェーのストルテンベルグ元首相(労働党)はこう指摘する。

財務大臣は、ノルウェーの女性たちに毎日感謝するべきでしょう。女性たちがここまで働いていなかったら、我々の政府石油基金の貯蓄額はもっと低かったから。労働市場で働く女性たちと平等における取り組みがなければ、今のノルウェーはありませんでした。

出典:2012年3月8日国際女性デーでのスピーチ

ノルウェー統計局SSBによると、2016年度での15~74歳における労働参加率は男性が73,4%、女性が67,7%。男性78,1%、女性44,7%だった1972年と比較すると、働く女性は大幅に増加した。

ノルウェーの男女の就労率の変化 Image:SSB
ノルウェーの男女の就労率の変化 Image:SSB

国会議員の割合も、国政選挙があった2013年で男性は102人、女性は67人。男性108人、女性4人だった1945年とは大きく違う。現在ノルウェーの政権を取り締まるのは、2人目の女性首相となるアーナ・ソールバルグ氏(保守党)だ。

ノルウェー国会議員の男女の比率 Image:SSB
ノルウェー国会議員の男女の比率 Image:SSB

女性運動や様々な政策など、数々の要素が重なり、時間をかけて実現されてきた今のノルウェー。その鍵となった重要人物の1人に、ノルウェーのかつての初の女性首相グロ・ハーレム・ブルントラント(78)氏(労働党)がいる。

1990~96年にかけて首相を務め、国内で最大の規模を誇る政党「労働党」で1981~92年にかけて初の女性党首にもなった。「初の女性~」という響きは格好いいかもしれないが、当時は女性だからこそ、たくさんの偏見を受けてきた人物でもある。

ブルントラント氏は、首相だった当時、男女平等政策を進めただけではなく、気候変動問題における環境政策も強く推し進めてきた。気候変動政策というのは、同時にノルウェーの石油・ガス採掘という問題点を浮き彫りにするため、反発も強い。環境問題は「女性っぽいもの」として、今以上に男性議員からの抵抗もあった。

4月末には労働党の総会が開催された。ブルントラント元首相はトークショーで当時の様子を語り、男女平等の大切さを改めて強調。これから政界で活躍する女性政治家にエールを送った。

以下が、総会でのトークショーの会話の一部だ。

司会者

「今の労働党の党政策には、平等政策が重要課題として挙げられていませんが、本音では多少がっかりしていますか?」

ブルントラント氏

「そのことには、気づいていましたよ」

そう言って会場を見つめるブルントラント氏の皮肉な一言に、党員たちは大爆笑。

ブルントラント氏(左)と司会者(右) Photo:Asaki Abumi
ブルントラント氏(左)と司会者(右) Photo:Asaki Abumi

ブルントラント氏

「(平等政策が重要視されなくなってきていることは)、国内外での議論を聞いていても実感しています。若い人々や世界が、今でも平等は達成できていないことを忘れているとしたら、とても危険なことです」

「どうしてかというと、私たちの今の社会があるのは、積極的な政策実現によって、女性たちの社会参加を助けてきたから。でも、これはまだ終わっていないのですよ」

「誰もが平等に参加できる社会の実現は、忘れてはいけないこと。今の若者や若い女性は、全ての問題はもう解決されており、なんとかなるだろうと思ってはいけません。労働市場における平等は、まだ達成できていないのです」

司会者

「今はソーシャルメディアもあることから、女性が政治に参加するには、信じられないほどの気力を必要とします。あなたも髪形から服装まで批判され、写真には落書きされ、テレビでは“もっとしっかりしなさい”とまで言われました。今の女性たちをどうしたら同じ道へと勇気づけられることができるのでしょう?私だったら、そこまでする気にはなれません」

ブルントラント氏

「あなたが今言ったことは、昔のことで、今はそれほど状況は悲惨ではありません。私の母親もよく言っていましたよ。“どうしてそこまでする必要があるの、どうしてその仕事を辞めないの”ってね」

次世代のことを考えてみて

「確かにそうかもしれません。でも、考えてみて。次にノルウェーの女性たちが政界の中心に来た時のことを。きっと、次はもうちょっとだけ楽になっていることでしょう。なぜなら、最初の時ほどの騒音にはならないから。事実、そうなっています」。

ブルントラント氏は、過去に女性たちが先陣を切って批判を浴び、社会を少しずつ変えていくことで、次世代の女性たちは同じ苦労を味わずに仕事ができるようになると語る。

女性は今でも男性と違う扱いを受ける

「でも、今の若い女性たちが課題を抱えていないということではありません。私たち女性は、今でも男性たちとは違う目線で見られます」

「それでも信じるのです。女性には男性と同じくらいできることがあると。自治体レベルでも、ボランティアレベルでの活動でも」

「私が母親に言ったように、私たちに今できることをするしかありません。そうしなければ、未来を変え、偏見を減らすことはできません」

「昔は子どもを預ける場所もなく、育児休暇さえほとんどありませんでした。当時の可能性はとても限られたものでした。今の社会が必要としている新しい道を、政治は示す必要があるのです」。

不人気なことを発言し、実行しようとする先駆者は火の粉を浴びるかもしれないが、後から追いかけてくる人々が歩きやすい道を作ることができる。黙っていては何も変わらず、時間をかけて根気強く声をあげていくことで、社会は少しずつ変わると、ブルントラント氏は語りかけた。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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