「ノーベル平和賞を撤回し、逮捕してほしい」。平和を語るキッシンジャー氏の公式招待に批判の声

ノルウェーに住むラテンアメリカ団体が抗議 Photo: Asaki Abumi

今年の平和賞授与式の招待客リストで、最も物議を醸したヘンリー・キッシンジャー元米国務長官。同氏は、ノーベル平和賞フォーラム・オスロでのテーマ「大統領選後の米国と世界平和」について語るゲスト・スピーカーとして、オスロ大学とノーベル委員会が公式招待した。

キッシンジャー氏は平和賞受賞者でもあるが、1973年当時は授与式を欠席。同氏の功績は、平和賞よりも、むしろ「戦争賞」に近いとして、批判を浴びていた。43年後に、やっとオスロを訪れることとなったが、平和賞受賞のためではなく、あくまでフォーラムのゲスト・スピーカーとされている。

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11日、オスロ大学が所有するアウラ講堂にて、フォーラムが開催された。ここには画家エドヴァルド・ムンクの壁画も飾られており、ノルウェーで開催される公式行事の中でも、特に神聖で名誉ある会場のひとつとして現地では認識されている。

一部の市民や政治家、学者などは、キッシンジャー氏を戦争犯罪者として認識しているため、同氏を偉人として招待した委員会と大学は批判を浴びた。

11日当日には、厳しく批判する複数の寄稿記事が現地メディアに掲載される。1970~73年までにチリで大統領を務め、クーデターで命を落としたサルバドール・アジェンデ氏の孫であるパブロ・アレンデ氏は、委員会と大学に抗議の手紙を書き、ノルウェーの最大手全国紙アフテンポステンに掲載された。引き起こされた悲劇の歴史を振り返り、同氏が公式招待されたことに落胆した思いをつづる。犠牲者の存在がかき消されるような形でキッシンジャー氏を快く出迎えることは歴史的な恥であり、むしろ平和賞を撤回することで、歴史的な不公平を正してほしいと訴える。

今回のフォーラムが批判を浴びているもう一つの理由が、報道陣や観客が批判的な質問をできる機会が一切設けられなかったことだった。議論となりやすい平和賞や世界平和というテーマだからこそ、さまざまな批判や疑問の声にも耳を傾ける流れが通常のノルウェーらしい。しかし、今回は自由な質問時間があえて避けられたため、「批判的な議論の余地さえない」と、学者などからさらに批判を浴びた。

フォーラム開催直前の30分前から、大学講堂前では現地に住むラテン・アメリカグループによる抗議活動が行われた。その後も二つの団体がデモを行い、少なくとも200人以上は足を運んだ。ノルウェーの左派政党2党も参加。

デモ隊を横に会場に入る元首相、労働党ブルントラント氏(左)Photo:Abumi
デモ隊を横に会場に入る元首相、労働党ブルントラント氏(左)Photo:Abumi

抗議する人々は「戦争犯罪者!」、「殺人者!」、「逮捕!」などと連呼し、ノルウェー国営放送局などの報道機関もその様子を報道した。

一部の学者や政治家は、フォーラム出席へのボイコットを以前から呼びかけていた。講堂に入る出席者は、「恥を知れ!」と批判の声をあげられた。そそくさと会場内に入る参加者の中には、ノルウェーの3大与野党の政治家たちの姿もあった。

チリからの政治難民2世であるエスピノーサ氏 Photo:Asaki Abumi
チリからの政治難民2世であるエスピノーサ氏 Photo:Asaki Abumi

今回のデモを主催する中心人物のひとりである、ルイス・エスピノーサ氏に取材した。同氏の親は、キッシンジャー氏が引き金となった政治難民として、チリからノルウェーに逃げてきた。公式招待を10月に報道で知った時は、大きなショックを受けたという。「戦争犯罪者であり人権犯罪者である彼が、オスロで平和を語ることが良いとは思えません。さらに危険なのは、招待したのがオスロ大学とノーベル委員会ということです。非常にがっかりし、声をあげずにはいられませんでした」と語る。

一連の批判に対し、委員会のディレクター兼秘書であるニョンスタ氏は、現地報道機関に対し、「単純に物事に白黒をつけすぎだ」として、招待に問題はなかったと反論した。

Photo&Text: Asaki Abumi