Yahoo!ニュース

襲撃失敗...卒業文集まで暴き騒ぎ立てる必要はあるのか?総理襲撃報道 米在住者が抱いた違和感

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
爆発事件後も窓を開けて次の遊説先へ向かう岸田首相。(写真:アフロ)

15日、岸田首相が選挙の応援演説で訪れた和歌山市の漁港で、24歳の木村隆二容疑者が筒状の爆発物を投げ込む事件があった。

アメリカでもこの事件は主要メディアが大きく報じた。安倍元首相が暗殺され1年も経たない中、未遂といえども現役の首相をターゲットにした同類の事件が再び日本で起こったとして、海外に与えた衝撃は大きい。

米在住の筆者は、この事件に関する一連の日本の報道を見て、いくつか違和感を持った。(筆者はいかなる犯罪も擁護するつもりはない。それを前提に本稿を執筆することを伝えておく)

襲撃未遂、動機も不明。なのに騒ぎすぎでは?

まず思ったのは「騒ぎすぎ」ではないかということだ。

騒げば騒ぐだけ犯人(及び犯罪者予備軍)の思う壺である。そもそもこの容疑者は襲撃に「失敗」している。爆発物の破片で怪我をした人はいたようだが、ターゲットだったとされる首相にはかすりもしなかった。

木村容疑者は黙秘を続けているから、襲撃の目的が何だったのかは現時点で不明だ。黙秘が続く以上、伝えることはほかにないように思う。それなのに、メディアはまるで凶悪事件のようにいつまでも報じている。

安倍元首相を暗殺した山上徹也被告の模倣犯では、という声も上がっている。しかし、木村容疑者が「弁護士が来てから話す」と口をつぐんでいる以上、また裁判も始まっていないうちに事件の動機や背景は明らかになりようがない。

アメリカではこのような場合、報道はストップする。それなのに日本の一部のメディアは、識者とされる人たち(多くは犯罪専門家ではない)を集め、まるで井戸端会議のように、犯人の動機について「こうではないか、あぁではないか」と想像で語る。

卒業文集や卒アルを報じる必要はあるのか

毎回事件が起こるたびに、一部のメディアは必ずといっていいほど、子ども時代の卒業文集や卒業アルバムを出してくる。

今回の事件でも、容疑者の十数年も前の写真や卒業文集が紹介されていた。筆者が見たネットの動画ニュースは、「中学校の卒業文集で光とブラックホールなどをテーマにした“異質”な文章を綴っていた」と報じた。「容疑者の“異質”さを物語っている文章」というのだ。

人によって感じ方は千差万別だろうが、筆者が見る限りは哲学的なことが書かれており「賢そうでユニーク」、そして子どもの「個性」が表れた文章だと感じた。しかし件のニュースによると、まるで異質な文章を書く子が犯罪者予備軍だと言わんばかりの伝え方に違和感を覚えた。

右向け右の日本の教育では、異質な文章や異質な将来の夢はいけないことなのか。多様化が進むアメリカでは、「変わっていること、異質であること=ユニークな個性」と捉えられているから、抱いた違和感は余計に強かった。

殺人未遂にもなりそうにない容疑者

そもそもこの木村容疑者は、専門家の見方ではせいぜい威力業務妨害の容疑がかかる可能性が高そうだ。つまり軽犯罪であり、罰則は3年以下の懲役または50万円以下の罰金だ。

殺人未遂なら罪としてより重いが、容疑者が使用した爆発物の殺傷能力などからして、殺人未遂罪にはならない可能性があると報じられている。(重ねてだが、まだ容疑者は口を閉ざし、裁判も始まっていないのでどのような罪になるのかまったくわからないのだが)

万引き犯と殺人犯では罪の深さが違うように、当然だがすべての罪にはレベル(等級)がある。例えば、アメリカで起こった殺人について語るならば、加害者が被害者を殺そうと思って計画的に殺したのか、もしくは殺そうと思わなかったが結果的に殺してしまったのかなどによって第1級、第2級、一部の州では第3級などと厳密に分けられる。報道でもそれらの等級は区別されている。

日本のメディアはこの辺の線引きが甘いと、以前より筆者は思ってきた。少し話は飛ぶが、例えば山口県阿武町の役所の4630万円の誤送金を勝手に使い電子計算機使用詐欺罪に問われた被告にしても、名誉毀損罪でドバイに逃亡中という元国会議員の容疑者にしても、日本のメディアはまるで「極悪の犯人」のようにセンセーショナルに、来る日もまた来る日も報じてきた。

普段より乳児の遺棄事件が後を絶たないが、事件が起こるたびに日本のメディアは犯人の女をまるで「極悪非道の殺人犯」のように報じる。重い殺人罪であることは間違いないのだが、女を犯罪者としてメディアで晒し責めるのではなく、どういった背景でそのような悲しい罪を犯すに至ったのか、社会として考え、検証し、再犯を防ぐことに注力することが大切ではないだろうか。

新・要人警護についてアメリカから思うこと

最後に。今回の首相の襲撃未遂事件について、海外の多くの人は「また同様の事件か」「日本の要人警護はどうなっているのか」という疑念を持ったことだろう。日本の緩い要人警護では、今後再び模倣犯が出るのでは、と危惧されている。

報道によると、和歌山市の襲撃現場で採用された警備や警備計画は、安倍氏の銃撃事件をもとに新たに作られた『警護要則』に基づいて立案され、警察庁からも事前に承認を得ていたものだったということだ。しかし、今回は手荷物検査さえ行われていなかったようだ。

アメリカは銃社会だから要人警護もかなり厳重である。

銃社会のアメリカと、日本を比較するなというお咎めの声が聞こえてきそうだが、アメリカの要人警護で持ち込み禁止なのは、なにも銃だけではない。

例えば、金属製のタンブラー(水筒)でさえ、ゲートで囲われた会場の入り口で没収される。我々身分が明らかになっている事前登録のメディアの人間からも、だ。タンブラーは水を入れると重みがあり、強力な凶器になり得る。あらゆることが想定されており、一切抜かりない

そもそも安倍氏の事件前、山上は岡山での犯行を思いとどまったように、厳重な手荷物検査は犯罪の「抑止」にも大いに効果があることがわかっている。

しかしそれらの教訓が生かされず、今回の遊説先では手荷物検査さえもなかった。要人のみならず聴衆をも守るはずの「最善の警護」だったというが、あれ以上の要人警護は難しく、手荷物検査もしないとなると、あぁそうですかという言葉しか出てこない。アメリカから見ると、このような警護は「いつ再び襲われてもおかしくないし文句も言えない、生ぬるい警護」にしか見えない。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事