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銃社会米国の警護と安全:シークレットサービスを間近で見た経験から【安倍元首相銃撃】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
当時のペンス副大統領と、SPのシークレットサービス。(c) Kasumi Abe

冒頭の写真は、2020年9月11日に筆者が撮影した、当時のトランプ政権のナンバー2、ペンス副大統領(赤の矢印)だ。

ペンス氏は米同時多発テロから19年にあたるこの日、多くの犠牲者を出した消防隊の激励のため、ニューヨークのグラウンドゼロの慰霊祭を訪れていた。筆者はこの追悼式典を取材中、ペンス氏が乗った車が約5メートル先に偶然止まったため、その一部始終を窺うことができた。

会場には当時大統領候補だったバイデン夫妻など要人も多数訪れており、「最高レベルのセキュリティ(警備態勢)」が敷かれ、物々しい雰囲気に包まれていた。敷地周辺をぐるっと頑丈なバリケードで覆い、部外者は一切入れないようになっている。中に入る事が許されたのはメディアおよび関係者、そして事前登録した遺族のみだ。

ペンス氏を幾重にも囲んでいるのは無数の警察官、そして要人専用の護衛官「シークレットサービス」だ。彼らはペンス氏に背を向け、あらゆる方向を常に警戒していた。関係者のみしかいない、このような場所においても、である。

特殊トレーニングされている彼らは四方八方に常に目を光らせ、誰かがカバンから不審物を出したその瞬間に動き出し、犯人の行動を阻止する、いつでも瞬時に動ける態勢をとっていた。筆者にとって、アメリカのプロ中のプロのSPの動きを目の当たりにした経験だった。

胸元のバッジがシークレットサービスの印。女性も何人かおり、彼らは常に四方八方を警戒していた(一部、筆者による加工済み)。(c) Kasumi Abe
胸元のバッジがシークレットサービスの印。女性も何人かおり、彼らは常に四方八方を警戒していた(一部、筆者による加工済み)。(c) Kasumi Abe

ペンス氏が車に戻るところ。私服のSPに加え、ものすごい数の警官が配置されていた。(c) Kasumi Abe
ペンス氏が車に戻るところ。私服のSPに加え、ものすごい数の警官が配置されていた。(c) Kasumi Abe

シークレットサービスとは?

国内外の要人警護専門で知られるが、暴力事件、サイバー犯罪、金融インフラの保護を含む犯罪捜査のプロでもある。NCMEC(行方不明・被搾取児童センター)と連携し、フォレンジック(犯罪捜査における分析や調査)の技術提供も行う。

「ホワイトハウスのシークレットサービスは、瞬時の反射神経が高く、最高指導者のために銃弾を受ける訓練を積んでいることで有名」(ヴァニティフェア)。

筆者は約15年前も、大統領職退任後のビル・クリントン氏と偶然ミッドタウンの路上ですれ違った経験がある。その時も物々しい警戒ぶりだったのを今でも覚えている。スーツを着たSP5、6人が彼の周囲を囲みこちらに向かって歩いて来た。その集団を見て遠目にも「要人」というのは自明だった。すれ違う際に顔を見て、クリントン氏とわかった。アメリカでは「元大統領」でこれほどの警護態勢なのだ。

安倍元首相が選挙の応援演説中に背後から男に銃撃され、SPによる「要人警備」の不備が指摘されている。もちろん、現職と第一線を退いた要人とでは、セキュリティ対応が異なるというのはあるだろう。そして日常的にどんぱちやってる国と、銃犯罪が極めて稀な国の事情が異なるのも理解できる。

しかし日本も、一般市民が銃を手作りし「まさか」という事件を起こした以上、このままではまずいということがわかっただろう(実際、流れ弾のようなものが現場から見つかっている)。また、あの場にいた聴衆も、爆発音の後もなお、現場に近寄る人、突っ立ったままの人が多かったようだ。銃社会アメリカであれば、音がしたら地面に伏せ、物陰に隠れる(逃げる)。警察はテープを張り巡らせ、救急の邪魔になる野次馬をすぐに排除する。そういう光景も筆者が見た映像からは確認できなかった。

アメリカでは、選挙の演説は屋外では囲いを設け、空港のようなセキュリティ態勢が敷かれる。

オーサーコメント

アメリカの警備も実は完璧ではない

連邦議会議事堂襲撃事件

アメリカでは、特に2001年の米同時多発テロ以降、「念には念を入れた厳重警備」が敷かれるようになった。それであれば警備が100点満点かというと、実はそうでもない。

警備上の大失態と言えば、2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件が思い出される。あの日、大きな衝突が勃発する懸念があったにも拘らず、議事堂警察(USCP)は連邦機関に警備の応援を事前要請していなかった。警備態勢の不備や対応の遅れが指摘され、議事堂警察署長はその後辞任した。占拠事件を防げなかった原因は、1年半経った今も調査が続いている。

2021年1月6日、暴徒化した群衆と揉み合いになった議事堂警察。
2021年1月6日、暴徒化した群衆と揉み合いになった議事堂警察。写真:ロイター/アフロ

ケネディ米大統領暗殺事件

過去には、ケネディ大統領が暗殺される事件もあった。ケネディ氏は1963年11月22日、テキサス州ダラス市のパレードにてオープンカーでの遊説中、24歳の男に銃撃され死亡した。

1発目がケネディ氏の頸部を貫通したが致命傷に至らず、5秒後に発射された2発目が頭部に被弾し、それが致命傷になったという。

COULD THE SECRET SERVICE HAVE SAVED J.F.K.?(シークレットサービスは果たしてJ.F.K.を救うことができただろうか?)」という記事を発信したヴァニティフェアによると、(現在の日本の政治家のように)ケネディ氏も「有権者の近くで寄り添いたいと考えている政治家だった」。

暗殺される直前のケネディ大統領(当時)と夫人ら。バリケードも設置されていなかった。
暗殺される直前のケネディ大統領(当時)と夫人ら。バリケードも設置されていなかった。写真:ロイター/アフロ

この日、ケネディ氏の車の前後にはシークレットサービスが警備にあたっていたが「彼らはケネディ氏ら要人から数メートルの距離にいたにも拘らず、回避行動を取らなかった」「あの致命的な数秒間は、いまだに我々の理解を超えるもの」(ヴァニティフェア)。

後続車にいた護衛官の1人、クリント・ヒル氏がケネディ氏の車に飛び乗ってジャッキー夫人をかばったのは有名な話だが、それも狙撃を受けた後のことだった。ヒル氏は事件後「(1発目に)爆竹に似た大きな音がしたが、初めは何なのかわからず、爆音がした方角を向いた」「もっと早く動くべきだったと後悔に苛まれ、しばらくPTSDに苦しんだ」と話したことが、サンなどで報じられている。

ケネディ氏の在任中は、長時間勤務や飲み会が日常茶飯事で、スタッフが二日酔いで出勤することにも寛容な雰囲気だったという。事件前夜も、シークレットサービスのうち数名は、朝3時ごろまで飲みに出かけ、事件日は睡眠不足だった(ヴァニティフェア)。

また、近年になってもシークレットサービスが不審者によるホワイトハウス敷地内への侵入を許すという大失態を犯したことについて、「個人のミスではなく、組織としての仕事に対する考え方や文化や習慣が原因」とする関係者談を紹介した。筆者はこれらの記事を読みながら、今回の安倍氏の銃撃事件との類似をいくつか見たのだった(ちなみに、アメリカで安倍氏の事件は暗殺と呼ばれており、ケネディ氏を殺害した容疑者も事件の2日後に射殺され事件の動機は不明だが、同様に暗殺と呼ばれている)。

これまでの警備上の大失態を踏まえ、シークレットサービスや警官らは、要人の安全を守るために、トレーニングや研鑽を積んでいると思われる。

銃社会のアメリカで一般市民の安全がどのように守られているか?

銃社会においては、要人警護のみならず、一般市民を守るため、大都市では街の警備も911以降、厳重になった。

中心地にはライフルを抱えた特殊警備隊が配置され、観光地には空港のような金属探知機が置かれて、身体検査や持ち物検査がある。美術館や博物館の入り口でも、荷物検査をされることがある。

トランプタワー前で警備するライフルを抱えたNYPD。(c) Kasumi Abe
トランプタワー前で警備するライフルを抱えたNYPD。(c) Kasumi Abe

筆者はこれらのセキュリティを見ていつも思う。これらは要は「抑止力」なのだ。彼らはそのような厳重な警備をあえて見せることで、一般市民にはテロから「守られている」安心感を与え、攻撃者に対しては「何もしてくれるなよ」と暗黙で暴力、攻撃を最大限に抑止していると考えることができる。

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

この写真は、筆者が議事堂襲撃事件の2週間後、バイデン大統領就任式の様子を見るために議事堂を訪れた時のもの。柵の「内側」でさえ、これでもかというほどの無数の米軍が配置されている。これほどのものを見せつけられると、犯人やテロリストの心理として、易々と武器を持ってターゲットに近づこうとは考えなくなるものだ。

銃社会のアメリカではこのようにテロを未然に防ぐことで、要人のみならず一般市民の「安心、安全」が保たれている。

これらの「防御策」は「国防」とも通じるものがあると筆者は考える。それを物々しいと忌み嫌うか、それとも「抑止力」として安心材料とするか。

実際のところ、安倍氏を銃撃した山上徹也容疑者にしても事件前日、安倍氏が応援演説をしていた岡山を訪れたが「手荷物検査などで近づけなかった」と供述していることが報じられた。「検査」があったことが攻撃の抑止に繋がったのがわかる。

911で目が覚め、テロに対する警備を強化したアメリカ。日本でも「テロは外国で起こるもの」とは言えなくなった。安倍元首相銃撃事件を受け、日本の警備態勢の強化が今後問われている。

(Text and most photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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