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NYで多発するアジア人差別(2)暴行受けた日本人ミュージシャン、その後

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
夜間清掃中のニューヨーク市の地下鉄、MTA(写真はイメージ)。(写真:ロイター/アフロ)

(前回「NYで多発するアジア人差別(1) 在住者の私の経験談」の続き)

ヘイトクライムか、暴力事件か

アメリカそしてニューヨークでも、アジア系の人々をターゲットにしたヘイトクライムの事件が急増している。

在ニューヨーク日本国総領事館は、在留邦人に対して注意喚起をしている。大橋建男(たてお)領事部長によると、同領事館に寄せられたヘイトクライムの相談は2019年はゼロ、20年は1件、21年は今のところゼロと、急増はしていない。ただし、すべての被害が届けられているとも限らず、実際にはほかにもあるかもしれない。

邦人が被害に遭った最近のケースと言えば、同領事館の発表では、2月7日メトロノース鉄道で邦人女性が受けた暴行事件がある。女性が車両で、20代くらいの身綺麗な男女2人に物乞いで絡まれたため、IDの提示を求めたり携帯電話で撮影をしたりしたところ、2人が女性を罵倒し始め、髪を掴まれ頭を窓に打ち付けられるなどした。ほかの乗客が車掌を呼ぶと2人は逃げて行ったという。

同領事館では、この事件をヘイトクライムには含んでいない。「人種差別の要素があったかどうか」が判断の基準になるからだ。

ヘイトクライムにせよ暴行にせよ、被害に遭った時の対処として、大橋さんは「相手に反応せず、その場から離れることが大切です。また被害に遭ったら、警察と共に領事館にも届け出てください。事案を把握した上で状況によっては警察に申し入れをすることも可能になる」とアドバイスする。

「ヘイトクライムに遭った」日本人ミュージシャンが証言

ジャズピアニスト、海野雅威(うんのただたか)さんは、コロナ禍のニューヨークで、突然若者グループに暴力を振るわれた一人だ。

昨年9月27日午後7時20分ごろ、海野さんはハーレムの駅で地下鉄を降り、地上に出ようとしていた。改札口では男5人と女3人がマスクもせず大声を上げながらたむろし、通行を邪魔するように出口を塞いでいた。そこから出ようとしていたのは海野さん1人だけで、8人組は海野さんに突然言いがかりをつけてきた。

「直前に彼らと目があったとか何かがあったわけではなく、すべてが一瞬のうちに起こりました」と海野さん。殴られているときに「アジア人」「中国人」という言葉が聞こえてきたと言う。盗まれた物は何もない。

犯人はいまだ逮捕されていないので仮定であると前置きしながら、「鬱憤が溜まっているところに目障りなアジア人が来たので、ストレス解消に殴ってしまえという通り魔的な犯行だったとしか思えないです」。

ニューヨークの地下鉄(MTA)の改札口(写真はイメージ)。
ニューヨークの地下鉄(MTA)の改札口(写真はイメージ)。写真:ロイター/アフロ

殴る蹴るの暴行を受けた海野さんは、右側の鎖骨骨折と全身を打撲する重傷を負い、病院に運ばれた。後日手術し、数ヵ月のリハビリの甲斐もあり箸を持てるようになったが、ピアノを以前のように長時間弾けなくなった。傷ついたのは心もそうだ。現在は療養も兼ねて一時帰国し心療内科に通っているが、テレビで暴力的なシーンが少しでも目に入ると突然フラッシュバックしたり、夜中うなされたりすることもある。

「通りすがりの人の人生を台無しにするなんて、許されることではありません。警察も犯人を捕まえるべきです」

海野さんは当初から警察にヘイトクライムだと訴えていたが、断定するためには動画など確固たる証拠が必要ということで「その可能性あり」と曖昧に処理された。「被害者の気持ちを思って捜査しているとは思えなかった。パトカーにはねられて亡くなった日本人の事件もそうですが、アジア人を軽視していると感じます」。

事件翌日に妻を通して日本領事館に報告したが、あっさりした対応だったという。「大使から後日手紙をいただきそれ自体は非常にありがたく、その後も日本政府として声を上げて動いてくれるかと期待していたのですが」。

「差別のない社会のために声を上げることが大切」

自分が被害者となって感じることは、アジア人への暴力に対しての抗議は当地の中国系や韓国系コミュニティの方が精力的で、日本人はアジア人としての共同体の意識をあまり持っていないのが残念だと、海野さんは振り返る。

「自分は関係ない、間違っていないという意識が、差別を生むことに繋がっています。ダメなものはダメと声を上げることが人種、性別、年齢に関係なく大切です。差別のない方向に向かっていくために声を上げることが求められているのですが、日本は発言力、発信力、抗議する力が歴史的に見ても残念ながら弱い。ヘイトクライムに対して日本人として、日本政府として、日本のメディアとして、一人ひとりが当事者意識を持って関われるか、どのような対応をしていけば安心して暮らせる社会に変えていけるか、考え行動することがまさに問われていると思います」

コロナ禍のMTA構内(写真はイメージ)。
コロナ禍のMTA構内(写真はイメージ)。写真:ロイター/アフロ

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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