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「日本には差別がある」ナイキ広告が炎上し世界に波及 本国アメリカではどう映った?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
炎上中のナイキジャパンの広告から。(キャプチャは筆者が作成)

日本のナイキが発信し炎上している、差別問題に関する広告「動かしつづける。自分を。未来を。The Future Isn't Waiting」。本国アメリカでも波紋を呼んでいる。

「本国」と書いた理由は2つ。1つはナイキが米系企業であること。もう1つは、ブラック・ライヴズ・マター運動からもわかるように、「自由と平等の国アメリカ」にも実は400年以上にわたって残る根深い人種差別が、特に今年は世界中に知れ渡ることとなったからだ。

今回ナイキジャパンが発信した広告(下記)が炎上、ナイキ製品のボイコット運動にまで発展し、アメリカでも議論の対象になっていることを、アメリカ在住の筆者も米主要各紙から知った。

アメリカの主要紙で報じられた記事(一部)

このナイキジャパンの広告は、Twitterでは1500万回以上、上記YouTubeでは990万回以上視聴されている。またTwitterでは7万6000もの「いいね!」が付けられている。

11月27日に公開された直後は内容についてポジティブな反響が多かったが、30日以降になると広告メッセージに反発する否定的な意見が増え、YouTubeでも高評価の数と共に低評価の数が増えている。

上記ワシントンポスト紙は、炎上の背景として「日本の女子学生が直面している人種差別にスポットが当てられ、これらはスポーツを通じて克服できることが表現されたもの。だがこのような問題について積極的な議論をすることに慣れない国では、激しい反発を引き起こしている」と紹介した。

ロイターも「日本は伝統的に人種が単一であることを誇りにしてきた国だ。大坂なおみ選手のような成功した混血アスリートは、そんな中で難しい挑戦はあるけれど」としている。

加えてワシントンポスト紙は「日本が単一民族国家だという(一昔前の)神話(のようなもの)が国民のアイデンティティの一部にあり、そこから先住民族のアイヌの人々、そして韓国人、中国人、ミックスレースの日本人(ハーフ)、移民の人々に対する差別を助長している」と指摘。

ただし「差別を誇張しているのはナイキ側で、日本だけを(まるで差別国家のように)フォーカスするのは不公平」というソーシャルメディアで上がっている多くの人々の意見も補足で添えられた。

記事で紹介された肯定派の意見:

  • 「このような広告ができるのは、日本に差別がある証拠」
  • 「人種差別問題にこれほど公然と取り組んでいるコマーシャルを初めて見て鳥肌が立った」
  • 「素晴らしい広告」「ナイキブランドを身に着けることを誇りに思う」
  • 「好き嫌いがこれほど接戦していることから、この広告が制作されるべき(価値のある)ものだったことがわかる」

記事で紹介された否定派の意見:

  • 「差別は日本だけでなく、すべての国にある」
  • 「アメリカ、イギリス、フランスなどほかの国のバージョンも、当然制作していますよね?」
  • 「まるで、このような差別が日本中どこにでもあるかのような内容で、ひどい」
  • 「日本を責めて、そんなに楽しいですか?」
  • 「ナイキ製品を二度と購入しない」

さらに否定派の意見として、「人種差別の少ない日本が舞台であることに違和感を感じる」という作家の坂東忠信氏のツイートや、「ナイキはウイグル人奴隷労働で、ペンス副大統領に『人権侵害を進んで無視』と名指しされた企業」という漫画家の清水ともみ氏のツイートも取り上げられた。

ちなみにナイキは本国アメリカでも、NFLクォーターバックのコリン・キャパニック(Colin Kaepernick)元選手を起用した広告キャンペーンが大炎上したことがある。

アメリカ人は国歌斉唱中、愛国心を示すために必ず星条旗に向かって起立し、右手を胸に当てる。しかしキャパニック氏は2016年、人種差別問題に抗議するため、国歌斉唱中に起立を拒んで跪き、それを発端に差別抗議ムーヴメントが広がっていった。これを機にNFLは膝をつく行為を全面禁止にし、キャパニック選手はリーグで試合をする機会を失った。また国旗に向かって起立しないという行為は、トランプ大統領など保守派からも強い批判が起こり、アメリカ分断のトピックに至るまで議論が広がった。

そのキャパニック元選手を起用し炎上した問題のナイキ広告は、2019年の「Creative Arts Emmys」賞で優れた広告作品として受賞している。またナイキの売り上げ自体も伸びたことが報告されている。

今回の日本の騒動をニュースで知ったアメリカの人々はどう感じただろうか?

  • 「ほかの国でも問題になっている人種差別問題を取り上げないのは不誠実だと思う。がんばれ日本」
  • 「確かに日本にも問題はあるが、出身地アメリカや10年滞在歴のあるイギリスと比較しても、日本はかなり良い方だ」
  • 「ナイキは痛いところを突いてきた。いいんじゃないかな!私はいろんな国に長い間住んできたが、自分たちの問題についてほとんど話さない社会は、隠していることも多いものだ」
  • 「ナイキはマーケティングを通して、これまでも社会正義に関する障壁を打ち破ってきた」
  • 「日本がいい国って言っても100%いいっていうことにはならない。差別は差別だ」

などさまざまな意見が飛び交っている。

この手の広告は、日本に対する愛国心があればあるほど、決して気持ちよく受け止められるものではない。一方でこのように日本はおろか国外でも炎上するほどの強力なメッセージ性があるものは、議論の対象となりやすく人々が考えるきっかけになるため、必ずしもマイナス印象だけとも言えないかもしれない。少なくとも「広告」としては、制作側の思惑通りなのではないだろうか。

あなたは、この広告を観てどう感じましたか?

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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