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NY銃撃増は半年前の囚人釈放が原因? 今年の発砲事件“1000件”突破 

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
7月には1歳の乳児までもが流れ弾で死亡した(写真は事件現場のイメージ)。(写真:ロイター/アフロ)

NY市内、毎日平均10人が銃の犠牲

アメリカが諸問題で「国内テロ化」する中、治安が悪化の一途を辿っているのはここニューヨークもそうだ。

特に5月下旬以降、銃撃事件が「急増」している。ここ最近、新聞の見出しには「昨日の銃撃事件は〜〜件」と載る日々。これまで市内で銃撃と聞けば、多くは治安の悪い地区でのギャング同士の抗争を意味し、あまり一般市民には関係のないこととして捉えられてきたが、今年の傾向は少し違う。

マンハッタンの中心地タイムズスクエア近くやグランドセントラル駅(東京駅のような要駅)といった、いわゆる「安全」とされていたエリアでも人が撃たれている。時間は週末の夜間が多いが、時に白昼堂々と行われるケースも。バスケの練習に行く途中のティーンネイジャーや1歳の乳児までもが流れ弾の犠牲になっている始末だ。

NYPD(ニューヨーク市警察)および地元ニューヨークポスト紙は、市内の銃撃事件が今年に入って1000件を突破したことを発表した。9月2日現在の数字は、銃撃事件が1024件、犠牲者数が1259人だ。昨年同時期の542件(犠牲者数636人)と比較しても、その急増具合がわかる。特に8月の4週の間で277人もの犠牲者が出ており、毎日平均10人ずつが銃の犠牲となっている計算だ。

銃撃事件急増の理由とは

銃撃事件がこの13週間で特に急増している理由として、ビル・デブラシオ市長とNYPDダーモット・シエイ警察署長は、今年起こった新型コロナウイルスやBLM騒動に加え、パンデミックによる裁判の遅延、保釈改革(保釈金を支払わずとも被告が公判まで自由の身になれる新保釈制度。今年1月より導入)などの刑事司法制度の崩壊を挙げ、強く非難している。それらは州議会によって承認された措置であり、自分たちのコントロールの及ぶ範囲ではないと責任逃れのような発言もある。

しかしニューヨークタイムズ紙によって得られた分析では、新型コロナなどが要因だとの主張を裏付ける証拠は「ほとんどない」ことがわかったとしている。そして銃撃事件急増の要因として、新保釈制度、加えて新型コロナの感染拡大によりここ数ヵ月間で刑務所から大量に釈放された囚人が関係するのではないかと見ている。

3月16日から4月30日までの間に、市内のライカーズ刑務所から釈放された受刑者の数は1500人にも上った。そのうち、7月中ばまでに銃器の不法所持で再逮捕、拘留されたのは、たったの7人だけだったという。

また7月の時点で、銃撃事件がらみで拘留された被告のうちの約2000人が、公判まで自宅で待機することを許可されたが、釈放された被告のうち、武器の所持や使用など別の容疑で再逮捕されたのはたったの40人だけだった。さらに銃撃事件や殺人などが増えているのに、銃犯罪の逮捕数は5月半ばから激減しているというのだ。

同紙は「この街は、ストリートで無差別殺人や暴力が蔓延っていた『時代』に逆戻りしているのではないか」と強い懸念を示している。

裕福な人々は市内から郊外へ。2020年版ホワイトフライト現象

無差別殺人や暴力が蔓延っていた「時代」とは、1970年代半ばから1990年代前半ぐらいにかけてのことだ。

1975年のニューヨーク市財政危機を引き金に、犯罪数が激増したのだ。特に80年代のニューヨークは、暗黒時代とも呼べる最悪の治安だった。地元の人曰く、今では世界中から観光客がやって来る中心地のタイムズスクエアは、当時娼婦とギャングが闊歩し、ジェントリフィケーションで富裕層が移り住み、一部観光地化しているマンハッタンのハーレムやブルックリンなどには、流れ弾が頻繁に飛んでいたそうだ。

筆者が初めてニューヨークにやって来たのは1990年だが、当時もその名残はあった。銃撃戦までは見ていないが、スリや置き引きが「普通に」起こり、大量のホームレスや薬物中毒者が街中にゴロゴロいた。

昨今の情勢を背景に、郊外へ移住しているニューヨーカーが増えているとするのは、ニューヨークタイムズの別の記事。郊外移住の理由の多くは、新型コロナウイルスの大流行がきっかけのようだ。ニューノーマルの台頭で自宅勤務が普通になったため、郊外でも仕事に支障がない。そして郊外移住の理由の中には「市内の治安悪化のため、郊外への引っ越しを決めた人もいる」とある。

ニューヨークポストの別の記事は、マンハッタンの高級エリアの1つ、アッパーウェストサイドから郊外へたくさんの人が引っ越ししている現象を報じた。新型コロナウイルスの感染拡大対策の一環で、市はアッパーウェストサイド地区のホテルにホームレスを一時滞在させている。これが要因となり、高級住宅街で犯罪や小競り合い、道端のゴミが増えるなど治安悪化が進んでいる。

「『ライフボート生活』をしています」と、ビーチ沿いで悠々自適な避難生活を送るのは、ニューヨーク市内から車で2時間弱の距離にあるロングアイランドのオーシャンビーチ近くに別荘を持つスティーブン・グローバスさん。

ライフボートと言うのは救命ボートを指す。新型コロナが大流行した4月からこの別荘で生活をしており、彼はそれを「救命」と表現した。ベンチャー・キャピタリストである彼は「スーパーも1軒あるし、仕事もすべてコンピュータでできるので、特に生活で困ることはない。あえて言うならば、日本食など多国籍レストランや文化的な活動がないのが寂しいだけです」と言う。

同じロングアイランドでも、ビーチ沿いではなく住宅街にある大きな庭付き一軒家に家族で移り住んで35年になるジェニファー・マネラさんは、ここで4人の子を育ててきた。彼女が生まれ育ったのは市内ブルックリンだが、最初の子を産んだ1980年代、ロングアイランドに夫と引っ越しを決めた。彼女は当時を振り返る。

「私たちが以前住んでいたブルックリン・ブッシュウィック地区は、ギャング抗争の流れ弾が普通に飛んでくるような最悪の環境で『ここでは絶対に子育てができない!』と思いました。私たちに限らずお金に余裕のある人々は、広い家や庭のあるより良い環境を求めて、郊外に大量に引っ越したものです」

郊外に引っ越すことができたのは白人の富裕層が多かったことから、この現象は当時ホワイトフライトと呼ばれた。そして40年経った今、皮肉にも新型コロナそして治安悪化により、同じような現象が起きている。

「この街は全米で最も安全な大都市の1つ」という誇らしいニューヨークの栄華の日々は、今は昔となってしまった。新型コロナから始まった負の連鎖、今後の行方は如何に・・・。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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