なぜレッドブル・ホンダはF1「70周年記念GP」で今季初Vを果たしたのか…その裏にあった緻密な戦略とは?
それを象徴していたのは、土曜日に行われた予選でのタイヤの使い方だった。現在のF1は予選がQ1、Q2、Q3の3つのパートに分かれ、Q1とQ2で5台がノックアウト(脱落)する方式が採られている。Q2を通過した10台によってQ3が行われ、最終的なスターティンググリッドが決定する。 1周のラップタイムの速さを競う予選では、通常3種類の中で最も軟らかいソフトタイヤが使用される。だが、Q3へ進出したトップ10のドライバーがレーススタート時に装着するタイヤは、Q2で最速タイムを記録したときに履いていたタイヤと定められている。つまり、レースのことを考えつつ、Q2も突破しようと考えるのなら、ロングランでより安定しているミディアムを使用するという選択肢もサーキットによっては考えなければならない。 そして、70周年記念グランプリが行われるシルバーストンは、タイヤへの負荷が大きく、トップ10に残った全員がQ2ではソフトを履いて最速タイムを狙うのではなく、レースを見据えて硬めのタイヤを選択した。 その中で、ただひとり最も硬いハードを選択したドライバーがいた。それがレッドブル・ホンダのフェルスタッペンだった。それがいかにリスクの高い戦略だったかは、タイヤを供給するピレリのマリオ・イゾラ(ヘッド・オブ・カーレーシング)が「われわれのF1史の中で、おそらく初めてのことだ」と驚いていたことからもわかる。 ハードを選択した理由をフェルスタッペンはこう語った。 「今週は持ち込まれたタイヤのコンパウンドが1段階軟らかくなり、今週のミディアムタイヤは先週のソフトタイヤ。日曜日は気温が上がることが予想されるので、さらに1段階硬いハードタイヤでレースをスタートさせるという戦略を採った」 しかし、ハードを履けば、1周のラップタイムは落ち、予選Q2を突破できない可能性もある。ライバル勢がミディアムを選択したのはそのためだった。だが、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダはリスクを取った。果たして、フェルスタッペンは予選Q2をハードタイヤで9位で突破する。 このリスクが、日曜日のレースでは高いリターンとなって、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダに好結果をもたらした。 ミディアムタイヤでスタートしたメルセデス勢はスタートしてしばらくするとタイヤにブリスターと呼ばれる火ぶくれを発生させて、早めのピットストップを余儀なくされた。これに対して、ハードタイヤでスタートしたフェルスタッペンは、ブリスターを発生させることなく、52周のレースのちょうど折り返し点となる26周目までピットストップを引っ張り、トップに立った。 1回目のピットストップでミディアムからハードにタイヤを履き替えたメルセデスがその後もブリスターに悩まされる中、フェルスタッペンは無線でチームに「みんな水分補給を忘れないでね。それから手に汗握ってレースを見ていただろうから、消毒もしておいて」とジョークを飛ばす余裕の走りで最後までメルセデス勢を寄せ付けず、完勝。開幕から連勝していたメルセデスの勢いを5戦目で止めた。
「予選のQ2でハードタイヤを選択するという作戦がレースで実を結び、正しい戦略だったと証明できてうれしい。メルセデスが強豪チームであることには変わりないが、今日のように戦略次第では僕たちにもチャンスがある。そのためにリスクを取ることは、いつでも大歓迎さ」(フェルスタッペン) 予選でハードタイヤを履くというハードな選択をしたフェルスタッペンとレッドブル・ホンダ。戦略が呼び込んだ今シーズン初優勝だった。 (文責・尾張正博/モータージャーナリスト)