「理路整然と話す」ってそんなに大切? 現代の“論破”カルチャーに思うこと
「すぐに言葉にしたい衝動」から距離を置くためには?
──SNS世代の中には、自分が感じたことや考えたことを短く言語化してシェアするのが習慣になっている人も多いと思います。私たちが「すぐに言葉にしたい衝動」からすこし距離を置くためには、どのようなことを意識すればいいと思いますか? 頭木さん 気をつけてほしいのは、一度気持ちを言葉にしてしまうと、言葉にしたことしか残らなくなってしまうということです。例えば、素晴らしいコンサートに行って感動したとします。本当はいろんなモヤモヤとした思いがあったはずなのに、表現のテンプレートみたいなものに則ってなんとなくうまいことを言ってしまうと、それだけで自分にとっての得がたい体験が、よくある体験に変質してしまうんです。これはすごくもったいないことですよね。だから、何かをすぐに言葉にするときは、あえて大ざっぱな言葉を使うのを僕はすすめます。 ──大ざっぱな言葉、ですか? 頭木さん はい。「面白い映画だった」とか「今日はすごく楽しかった」というように。小学生みたいな感想で気が利いていないと感じるかもしれませんが、気を利かせようとしすぎたせいで、かえって体験を痩せ細らせてしまうことは少なくありません。 僕たちは毎日、あまりに当然のように言葉を使っているからなかなか気づかないけれど、そう簡単には言葉にできないことって、実はすごくたくさんあるはずなんです。だからこそ、型にはまった表現に自分の気持ちを無理やり当てはめようとするくらいなら、何も言わないでおくという姿勢も時には大切だと思います。 ■カフカの小説の中には、「言葉にしづらいモヤモヤ」が詰まっている ──では、「すぐに言葉にしない」ことについて考えるために、頭木さんがおすすめする本や作品はありますか? 頭木さん 古典文学はどれもおすすめですね。現代まで長いあいだ生き残ってきた文学には、難解な作品も少なくないけれど、その文学作品だからこそ指し示すことができている何かがある。だからこそ、自分がずっと言葉にできずモヤモヤと抱き続けていたような気持ちをその作品の中に見つけたときは、大変な感動があるわけです。 ──古典文学の中からyoiの読者に読んでほしい作品を選ぶとしたら、例えばどのような作品になるでしょうか? 頭木さん 僕自身もカフカから本を読み出したので、カフカはやっぱりおすすめしたいですね。『変身』のあらすじを学生時代に知って「気持ち悪そう」とか「難しそう」といったイメージを抱いた人もいると思うんですが、実は『変身』は本当にいろいろな読み方ができる作品なので、自分自身を重ね合わせる人もすごく多いと思います。心についてはもちろん、体のままならなさについてもすごく克明に書いてあるんですよ。なんらかの病気を経験したことがある人であれば、なおさら感情移入して読めるんじゃないかと思います。 カフカ自身もかつて、「言葉にしてしまうと、言葉にできなかった部分が風に煽られた煙のように消し飛んでしまう」と書いていたことがあります。言葉というものの取り返しのつかなさについて考えるうえで、僕自身もよくカフカのその言葉を思い出すんです。 文学紹介者 頭木弘樹 筑波大学卒業。20歳のときに難病にかかり、13年間の闘病生活を送る。闘病中にカフカの言葉に救われた経験から、2011年『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社/新潮文庫)を編訳し、10万部以上のヒットに。著書に『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ ──文豪の名言対決』(草思社文庫)、『絶望読書 ──苦悩の時期、私を救った本』(飛鳥新社)、『食べることと出すこと』(医学書院)、『口の立つやつが勝つってことでいいのか』(青土社)などがある。 イラスト/minomi 取材・文/生湯葉シホ 企画・編集/木村美紀(yoi)