罠を張った数センチ単位の勝負…衝撃KOでラスベガスデビューを飾った井上尚弥の”神技カウンター”の裏側にあったもの
ボクシングのWBA世界バンタム級スーパー、IBF世界同級王者の井上尚弥(27、大橋)が10月31日(日本時間11月1日)、米国ラスベガスのMGMグランドの特別施設「ザ・バブル」で、WBA同級2位、IBF同級4位、WBO同級1位のジェイソン・マロニー(29、豪州)と無観客試合で対戦、2度のダウンを奪い、7回2分59秒、KO勝利で両タイトルの防衛に成功した。井上は試合途中に戦術を変更して罠を仕掛けた。勝負を決めたのは、左、右の神技カウンター。新型コロナ禍の影響で異例尽くしとなった世界戦のハンデをモノともせず井上は“聖地”ラスベガスから、6階級制覇王者のマニー・パッキャオ(フィリピン)の再来と成り得るビッグスターへのドアを開いた。
「動」から「静」への作戦変更
ラスベガスのハロウィンの夜。 メイドインジャパンのモンスターが全米に衝撃を与えた。7ラウンド。残り10秒を知らせる拍子が鳴ったと同時だ。マロニーが右を打ちこもうと、振りかぶった、その刹那。井上の右のショートカウンターが炸裂した。被弾のリスクを考え、頭の位置を数センチ左へずらし、それでいて、しっかりと体重を前へ残した体勢で放たれた一撃である。22戦のキャリアで一度もKO負けの経験のないタフな豪州からの挑戦者は、右足を折るようにしてキャンバスに崩れた。カウント8で起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。正座の状態から、もう一度、バランスを崩して尻餅をついた。あまりにダメージが大きかったのだ。 左手を突き上げて無観客のリングを一周した井上はしばらく笑わなかった。 「調整はうまくいったがラスベガスということもあって硬かった。1年ぶりにしても動けた。ほっとしています」 昨年11月のWBSS決勝、ノニト・ドネア(37、フィリピン)戦以来、約1年ぶりのリングが、結果に内容も伴うインパクトを残さねばならない聖地のリングである。モンスターといえど、プレッシャーを感じていたのだ。 放映したESPNのインタビューが始まって、ようやく安堵の表情を浮かべた。 「フィニッシュのパンチは、すごく納得のいく形で終わりました」 観客のいない会場に映画「ゴジラ」のテーマ音楽が流れていた。 すべてが綿密に計算された勝利だった。 1ラウンドの最初の1分こそ、慎重に距離をとったが、左ジャブを軸にスピードと手数で圧倒し、ブンと音のするような右のアッパーと右のストレートでマロニーに恐怖感を与えて主導権を握る。 「前で距離を潰さなきゃダメだよ。後ろ、後ろはダメだよ。ボディワークを使いながらね。もう少しリードついていこう。左(のガード)を下げるなよ」 ラウンド間に父の真吾トレーナーからの的確な指示が飛ぶ。 マロニーは左右にサイドステップを踏みながらリズムとテンポでボクシングを組み立ててくる。一発の怖さはないが、井上が得意のバックステップでパンチを外すと、そのリズムを止めることができなくなる。マロニーのボクシングを狂わせるため、真吾トレーナーは「前で潰せ」「ボディワーク」と助言を送ったのだ。