罠を張った数センチ単位の勝負…衝撃KOでラスベガスデビューを飾った井上尚弥の”神技カウンター”の裏側にあったもの
「試合を通して場面、場面での判断力はドネア戦に学んだ。あの試合よりもパワーアップしていると思う」 昨年11月のドネア戦では、2ラウンドに左フックを浴び右目に眼窩底骨折を負うアクシデント。片方の視力を失うトラブルの中で究極の対応力を磨いた。 試合途中の戦術変更の決断は井上の進化の証である。 加えて今回の試合では準備の手法を変えていた。 これまで井上は、対戦相手の映像を徹底して分析し、細かな癖までを事前に研究するようなことはなかった。リングに上がってからの“5感“を重要視していた。相手の癖やパンチが当たるタイミングは”井上レーダー”が発動して察知するのである。 だが、今回は新型コロナの影響で、海外からスパーリングパートナーを呼ぶことができず、今までと練習環境が変わった。その不安点を埋めるため、マロニーを研究し、万全の対策を練習で反復してきた。左右の神技カウンターに秘められた背景である。 すべてが異例だった。 約2週間前に渡米したが、新型コロナ感染予防対策のため宿舎とジムでの練習以外の行動を制限された。試合3日前には、決戦の地「ザ・バブル」に移動したが、2度目のPCR検査を受けて、約10時間、部屋から出ることさえ禁じられた。専用のフロア以外に移動はできず、記者会見や計量のため専用施設に移動する際には、専用のエレベーターを使い、消毒された専用のシャトルバスで移動する徹底ぶり。計量の前日には、弟の拓真と共にコンビニに立ち寄り、「終わったら、あれ食べよう、これ食べよう」と、疑似ショッピングをするのが恒例だったが、そんな気分転換さえできなかった。 食材や炊飯器を日本から持参して自炊。計量後は、ステーキをテイクアウトするなどしたが、異例の環境は、井上に少なからず影響を与えた。 7ラウンドの開始直前に井上は、両足の腿をグローブで叩いていた。 「左足に違和感があった。3、4ラウンドくらいから」 実は減量の影響により足が攣ったような状況になっていたのだ。過去2度、海外での防衛戦を経験してきたが、今回はさすがに勝手が違っていたのかもしれない。 しかも、痛みを忘れさせる、アドレナリンを出すには、難しい無観客。それでも神技カウンターで試合を決めるのがモンスターたる所以である。 異例のラスベガス決戦を成功に導いたのは「チーム井上」の周囲のサポートである。 大橋秀行会長は、「ストレスをためないように」と、弟の拓真と、引退を表明している従兄の浩樹の2人をパートナーに選び、第一陣でラスベガスへ同行させた。拓真は、現地での直前のマススパーリングの相手を務め、浩樹はミットを持った。気心の知れた2人の存在は、行動を制限され、長い時間を過ごすことになる宿舎でも井上をリラックスさせた。 バンテージ職人である“ニックさん“こと永末貴之氏は人数制限があって同行できなかったが、佐久間史朗トレーナーが、その特殊な巻き方を”ニックさん”から事前に忠実に学び、今回、バンテージを担当した。佐久間トレーナーはドネア戦で目の上をカットした井上の流血を一発で止めた名カットマンでもある。拳を痛めた過去のある井上が思い切り神技カウンターを叩き込めたのは、”佐久間バンテージ”のおかげだったのかもしれない。