罠を張った数センチ単位の勝負…衝撃KOでラスベガスデビューを飾った井上尚弥の”神技カウンター”の裏側にあったもの
井上はガードを固めて前へ出てプレスを強めた。マロニーは動きまわりながら左で対抗していくが、3ラウンドには井上の至近距離からの右のアッパーがヒットした。たまらず下がるマロニーを追う。苦し紛れにマロニーがインファイトを仕掛けてくると、今後は、そこに左のショートフック、左のアッパーを打ち込んだ。井上は明らかに倒しにいっていた。多少、攻め方が雑にもなっていた。破壊力のある左のボディブローも使うが、マロニーの強固なガードと、動き回る足を止めることはできなかった。 4ラウンドが終わったインターバル。 井上は父にこう問うた。 「ポイントは?」 「ポイントは大丈夫だよ。膝使いながらボディワークでパンチを殺そう。集中よ、集中。丁寧に、丁寧にね」 圧倒的に試合を支配しながらも、井上は、意外にもポイントの見解を父に求めた。いや確認したと言ってもいい。この会話が戦術変更を決断する合図だった。 5ラウンドから井上はクレバーにスタイルを変更した。 「動」から「静」へ。 「マロニーはテクニックがあり全体的にレベルが高い。フルラウンド足を動かす選手。攻めきれなければ、待つことも練習していた。前半に攻めにいったら、足も動かす、上体も動かすで“(パンチを)当てられないなあ“と感じて中盤からカウンター狙いにした」 プレスを弱め、あえてマロニーに打たせた。ロープを背負い連打を打たせた場面も。攻撃に動けばスキが生まれる。誘いをかけ罠を張ったのである。小さなフェイントをひとつ入れ、右ストレートを顎に打ち込むと、挑戦者はバランスを崩した。 6ラウンドに試合が動く。左ジャブの連打を放ったマロニーのその2発目に渾身の左フックを合わせたのだ。マロニーは予期せぬ一撃を食らってダウンした。ダブルのジャブに合わせる神技カウンターである。実は「左ジャブをダブルでつっこんでくる癖を勉強していた」というから驚きである。計算された神技カウンターだったのだ。 30年以上、ボクシングを取材しているが、ダブルのジャブの2発目に合わせるカウンターなど初めて見た。 マロニーは井上の罠にはまっていた。 「マロニーは凄くガードが固くてテクニックがあり崩しにくい。左も右もマロニー対策で練習してきたパンチ。それを出せてホッとしている」 フィニッシュブローとなった7ラウンドの右のカウンターも、マロニーの映像を分析して準備してきたパンチ。その前には足を使って、遠い距離から左を1発、2発…3発と、続けて、マロニーに右を打たせようと布石を打っていた。 まるでAIが打つ「詰め将棋」である。 井上から、こんなボクシング哲学を聞いたことがある。 「殴り合いだから、本能も感情も出るけれど、僕が求めているのは、そういうボクシングじゃない。拳闘ではなく、2本の腕だけで、どこまでを突き詰められるのかの最高峰、人智を超えたような神技です」 無観客のラスベガスで披露したのは、その人智を超えた神技ではなかったか。