災害で身元特定の決め手 知られざる「歯」の重要性と、急がれるデータベース化 #知り続ける
車で向かった先は岩手県陸前高田市の体育館だった。 運ばれてきた遺体のうち、免許証など身元が分かるものを身に着けていれば警察が顔写真と照合していく。一方、損傷が激しく外見が変わった遺体は、斉藤氏ら歯科医師のもとへ運ばれ、歯の治療痕などの確認作業をしていく。具体的には一人が歯を見ながら「右上8番欠損、右上7番銀色クラウン、右上6番咬合面にレジン充填……」と読み上げ、もう一人がデンタルチャートに記録する。 停電、断水、余震が続く悪条件の中、わずかなミスも許されなかった。 「津波の被害に遭われたため、ご遺体の口に泥が詰まっていることも多かったです。水と歯ブラシで口の中をきれいに洗浄し、慎重に作業していきました」 斉藤氏は第一次出動の4日間だけで、112体のデンタルチャートを作成した。東日本大震災では、全国からのべ2897名の歯科医が被災地に赴き、8750体を超えるデンタルチャートが記録された(2020年6月時点)。
一方、照合に必要な生前のカルテはすぐには集まらなかった。当時、大半が紙のカルテで、歯科医院も地震や津波の被害を受けたためだ。日本歯科医師会によると、被災3県で計226の歯科医院が全半壊したという。 その後、難を逃れたカルテを警察などが収集。宮城や岩手では、デンタルチャートと生前のカルテを照合する独自のソフトウェアも開発され、作業は効率化された。結果的に東日本大震災で身元が判明した遺体のうち、7.6%は歯科照合が決め手となった。
遺体と対面したかった
ただし、遺体のデンタルチャートは作成されたものの、生前のカルテが見つからず、身元不明のまま火葬されたケースもあった。 釜石市の渥美久子さん(当時71)は、夫の進さん(当時81)と避難している最中に津波にのみ込まれた。久子さんの遺体は翌月に発見され安置所へ。デンタルチャートはとられたが、その時点では生前の記録がなかったため照合ができなかった。その後、身元不明の遺体として火葬され、遺骨は寺に安置された。