災害で身元特定の決め手 知られざる「歯」の重要性と、急がれるデータベース化 #知り続ける
奇跡的に残った4700人分のカルテ
連日、多くの遺体が安置所に運ばれてきた。初めてそこに足を踏み入れたとき、佐々木さんはショックで膝から崩れ落ちてしまうような感覚を覚えたという。しかし、損傷がひどくて身元が分からない遺体もあったため、一刻も早く特定し、腐敗する前に遺族に引き渡す必要があった。 じつは身元の特定に「歯」は重要な役割を果たす。人の体の組織で最も硬く、焼けたとしても残ることが多い。治療で歯に詰めた金属もほとんど変化しない。遺体の歯の治療痕などを調べ、生前のカルテと照合すれば個人識別ができるのだ。 成人の親知らず以外の28本の歯を「健全歯」「虫歯」「治療済み」に3分類するだけでも、理論上は約23兆もの分類が可能となり、該当者を絞り込むことができるという。 「当院のカルテは100枚ほど流されましたが、奇跡的に4700枚残っていました。地震直後、床に散乱した大量の紙のカルテを妻が拾って棚に入れるよう指示し、余震に備えてガムテープで固定していたのです。カルテは津波で泥だらけでしたが、みんなで1枚1枚ふき、文字を読めるようにしました」
4月に入り、市から行方不明者リストが佐々木さんに提供されるようになった。リストに自身の患者の名前があると、その人のカルテを持って安置所へ。カルテと同じ性別、似た年代の遺体に近づき、口の中を調べ、照合していった。 佐々木さんは8月初旬まで安置所に通い、「歯」によって約100人の身元を特定した。ただし、それができたのは生前のカルテがあったからだ。もしカルテが津波で流失していれば、遺体の歯の特徴は分かっても、照合まではできなかった。妻が守ったカルテが100人の身元特定につながった。
陸前高田市の遺体安置所へ
歯科法医学者で千葉大学法医学教室の斉藤久子准教授も、被災地の遺体安置所に駆けつけた一人だ。 「震災翌日、警察庁から要請を受けました。報道などで被害の大きさは分かっていたのですぐに準備をし、医師3名、歯科医師3名のチームで出動しました」