“伝家の宝刀”フォークボールはビール瓶で鍛えた!? “元祖ハマのエース” 遠藤一彦氏が明かす三振の山を築いた決め球の秘密 憧れの長嶋氏にかけられた驚きの言葉とは
昭和後期のプロ野球に偉大な足跡を残した偉大な選手たちの功績、伝説をアナウンサー界のレジェンド・德光和夫が引き出す『プロ野球レジェン堂』。記憶に残る名勝負や“知られざる裏話”、ライバル関係とON(王氏・長嶋氏)との関係など、昭和時代に「最強のスポーツコンテンツ」だった“あの頃のプロ野球”、令和の今だからこそレジェンドたちに迫る! 【画像】遠藤氏が見せた“驚愕”ビール瓶の持ち方…人差し指と中指で挟んでつぐ “伝家の宝刀”フォークボールを武器に三振の山を築き、横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)のマウンドを15年間守り抜いた遠藤一彦氏。最多勝2回、最多奪三振3回、沢村賞1回。アキレス腱断裂の大ケガを乗り越えカムバック賞も受賞した“元祖ハマのエース” に徳光和夫が切り込んだ。 【前編からの続き】
プロに行くなら「在京」「セ・リーグ」「ドラフト3位以内」
東海大学は、遠藤氏が2年のときの首都大学春季リーグで優勝、秋は優勝を逃がしたものの3年春から4年秋まで4季連続で優勝。その後も東海大学の黄金期は続き9季連続優勝を成し遂げた。 遠藤氏のリーグ戦通算成績は、28勝5敗、防御率1.11、200奪三振、MVP1回、最優秀投手2回、ベストナイン1回と素晴らしいものだった。 徳光: こんなにいい成績を残したわけですから、プロも意識しましたか。 遠藤: いや、プロは全然ないです。3年の秋に東京ガスが決まってたんです。 徳光: でも、ホエールズがドラフト3位指名。 遠藤: たまたま、東京ガスの人事課の人と話す中で、「“もしかしたらプロ”ということも考えてます。それは在京セ・リーグ3球団、3位以内なんです」っていうことをしゃべってたんですよ。 徳光: ちょうど、その通り。 遠藤: そうなんです。だから、悩んじゃったんですよ。自分の力って分かるじゃないですか。当時、私はストレートが135~136km/hなんです。どうして指名されたのかも分かんないわけですよ。 徳光: 今になってみたら分かるでしょ。 遠藤: 可能性があるとしたら、別当(薫)さんなのかな。 徳光: 当時は別当監督ですか。 遠藤: ホエールズは(首都リーグも行われていた)川崎球場だったじゃないですか。大東文化大に石井(邦彦)というアンダースローのピッチャーがいて評判だったんです。で、私と石井が投げ合った試合があって私が勝ったんですけど、それが印象に残っていて、もしかしたら…。 徳光: その試合を別当さんが見に来てたんですね。意識はされましたか。 遠藤: いや、全然。別当さんをよく知らなかったですからね。巨人ファンですから(笑)。別当さんがあんなに偉大な人だとは知らなかったですよ。 徳光: 石井さんを目当てに別当さんが来られて。逆に遠藤さんのほうに目が行った。 遠藤: いや、それよりも、石井はドラフト1位で先に(日本ハムに)指名されちゃったんです。 徳光: ああ、そういうことですか。 遠藤: 大洋は1位で西南学院の門田(富昭)を指名、2位は社会人の加藤英美。3番目になって、これという人がいなかったらしいんですよ。多分、そこで別当さんが「東海の遠藤っていうのがいるじゃないか」ということで、急きょ指名されたんじゃないかな。 徳光: 他球団から話は来なかったですか。 遠藤: 一度、阪神の担当記者から電話をもらったことがあります。「いえいえ、遠いから行きません」って言った(笑)。 徳光: 在京じゃないからダメなんだ(笑)。
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