食べられない子どもたちの現実 “SOS”を見逃さないために大人ができること
朝食を提供する意味
なぜ当塾では食事の提供を重視するのか。 それは、学力の向上と食生活には因果関係があると考えているからだ。学力向上のスキルだけに目を向けるのではなく、次世代が心身を健全に育むことのできる環境を整えることこそが本質的な集団的学力向上につながると信じているため、小規模の塾であっても食事の提供にこだわっている。 筆者自身、安心して食事すら出来ない生活環境で育った。その経験があることも無縁ではない。
朝食カレーイベントに来ていたA君を含む複数人の塾生が、週2回の朝食カレーイベントに積極的に通い食事を摂ることで、特にネグレクト環境におかれていた塾生は落ち着きが生まれるだけでなく成績が向上した。また、不登校気味だった複数の塾生も登校頻度が上がった。 ある中学生の塾生は、朝食カレーイベントをきっかけに本人が朝食習慣をつけたいと考え、近隣に住む親せき宅を頼りながら朝食を習慣化させることができた。そして高校進学後は、なんと学内定期考査の偏差値が70を超えるようになったと言うのだ。 もちろん、貧困を起因とする場合など保護者だけの責任ではないことも多々ある。周囲の大人や公的機関など社会が食を含めた生活環境を支援することさえできれば、どの子どもも多方面で活躍できる人材に育つ可能性は十分にある。
「SOS」に気付くには
新型コロナの流行以前から、家庭や学校などで問題を抱えた子どもたちと毎週膝を突き合わせて塾運営を行ってきた。オンライン授業になっても、相変わらず様々な事情を抱える子どもたちも参加しているし、また自習室を積極的に利用している子どもたちもいる。それらの経験から、最後にまとめさせていただきたい。
さまざまな環境下におかれた子どもたちを、毎年一人ひとり注意深く見ていて気付いたのだが、十分に食事を摂取していない、あるいは偏食の子どもの多くは保護者との関係が良くない。家庭内でまともな会話がなく、ひどい場合にはネグレクトに遭っていることもある。 例えば、偏食傾向の激しいとある女子中学生は、家庭にガス台はおろか調理器具がなかった。さらに「食べると太る」から、と母親が食事を家で作らないのだという。この家庭の実態はなにも生徒側から積極的に語ったわけではない。偏食などを心配した担当講師の女子大生が継続的に相談に乗ったところ、多くのことが判明したのだ。 別の偏食傾向が強い女子中学生は、好きな肉料理が家の食卓にはほぼ出ないことから朝食カレーイベントに来たと打ち明けた。この家庭もまた、母親がこの世話をしないネグレクト家庭だった。家庭に問題を抱える子どもは多いが、食べられない子、偏食の子の例だけでも枚挙にいとまがない。 では、どうすればこれらのSOSを大人が察知することができるのか。唯一絶対の方法はないが、子どもたちと日々接していく中で見えてくることがある。家庭で食事を摂れていない子どもたち、偏食傾向の強い子どもたちも、表情がない、無感動、聞かれたことにしか答えない、などの特徴を併せ持つことが多い。それに気付くことができるかがポイントだ。 当塾には幸いにも多くの“目”がある。共に食卓を囲む中で、塾生たちからすると同年代同士だけでなく、ちょっと年上のお兄さんお姉さんと会話する機会が生まれる。異変(SOS)に気付くことができる他者が多くいる場所になっているのだ。食事付き学習塾の強みでもある。