女子レスリング53キロ向田真優の金メダルは“愛の力”だったのか?
東京五輪のレスリング女子53キロ級の決勝が6日、千葉の幕張メッセで行われ、向田真優(24、ジェイテクト)がホウ・セイギョク(24、中国)を逆転で下し初の金メダルを獲得した。吉田沙保里氏が3連覇を果たした階級で“王座”を取り戻した。向田は婚約者でもあるコーチと二人三脚で手にした金メダルだった。
試合終了まで約20秒。向田は自分が入ったタックルを利用され失点の危機にあった。スコアは4-4。ラストポイントでリードはしていたものの、勝利を確実にしようと仕掛けた片足タックルを利用され、ホウに返し技を返さようとしていた。前半にバックポジションの2点、連続して寝技で2点の計4点を奪われた再現を狙われていたのだ。だが、向田に同じ手は通用しなかった。左足をとった両手のクラッチを決して離さず、逆に立ち上がって場外へ押し出し追加の1点を奪い5-4と逆転に成功したのである。 念願の五輪金メダリストとなった向田は、両手のクラッチを決して離さなかった場面のことを「神頼みのような」と、理屈を超えた頑張りだったと振り返った。 「最後は自分のレスリングができていなかったけれど、絶対に勝つという思いを持ち続けて、絶対に何が何でも金メダルをとろうと思って頑張りました」 この最後のクラッチを離さなかったことを、ソウル五輪金メダリストの小林孝至氏も「底力を見せた。根性だったね」と、技術云々を超えた頑張りだったと賞賛する。 「普通であれば、あのクラッチは切られていておかしくありませんでした。第1ピリオドではそれで失点しているわけですから。相手が前半よりもバテてくれていたおかげもあって、クラッチを離さないまま踏ん張り、場外へ押し出して追加点をとったのは素晴らしかった」
準決勝までは快勝を続けたが、決勝では思うように得点を重ねられずリードする場面を作れなかった。タックルからアンクルホールドへつなげ、2点プラス2点、アンクルホールドを繰り返すことができれば、さらに得点という得意パターンへ持ち込めなかった。1回戦から準決勝まで成功した同じパターンを相手に関係なく繰り返した影響だろう。 「戦略があまりよくなかったですね。序盤からタックルをしすぎですし、得意のアンクルホールドが使えなかったことも響きました」と小林氏。 得点するためのタックルを「しすぎる」というのはどういうことなのか。小林氏の解説はこうだ。 「タックルを切るのが得意なホウは、クモのように向田がタックルをして懐に入ってくるのを待っていました。だからホウが確実に体勢を崩しているとき以外はタックルに入るのは得策ではありません。ところが、向田は試合の冒頭から入って失点した。序盤ではまだホウもバテておらず元気なので、待っていましたというタイミングでした。どうしてもタックルの動きをしたいのであれば、すぐに離れられる浅いタックルで様子を見るなどした方がよかったでしょう」 試合全体のデザインは決してよいものではなかったが、それはホウの側も似たようなものだったという。 「戦略という点では、お互いにうまくない者同士でした。そして、今大会の日本人選手に対して繰り返し指摘していますが、やはり向田も手首をきめられて腕をとられたとき(ツーオンワン)の対処がよくなかったですね。決してよい試合ができたわけではありませんでしたが、得点につなげられる能力の差で上回った結果の金メダルだったと思います」 向田はセコンドについていた志土地翔大コーチと婚約したことでも話題になった。そのことを訊ねられた向田は「コーチと2人でないと、とれなかった」と、微笑みながら手に取った金メダルを見つめた。 「自分よりも苦しいことがたくさんあったと思うのですが、いつも励ましてくれました。楽しいことばかりじゃなく、苦しいこともありました。支えてくださった皆さんに感謝しています」 練習拠点を母校の至学館大学から東京へ移し、志土地コーチとともに行動していることを、一部では、スキャンダルであるかのようにも扱われたこともあった。だが、「パートナーがいるのはよいこと。それがコーチならなおさら」と小林氏は評価した。