特別レシピ公開!「宇宙の香りのコーヒー」は本当に作れるのか?
最有力候補は、エチオピア産の豆
コーヒーは一般に、ブラジル、コロンビアなど、生産国でおおまかに分類されるが、なかでも特に「ラズベリー香」が出現しやすい国がある。「コーヒーノキの故郷」、エチオピアだ。”Coffee Review”のテイスティングでラズベリー香が報告されたコーヒーの半数近くを、エチオピア産が占めている。 世界で栽培されているコーヒーノキ(アラビカ種)のほとんどは、18世紀にイエメン経由で持ち出されて広まった、たった2本の樹の子孫……ティピカとブルボンという2つの品種……に由来する。このため、コーヒーは遺伝的多様性に乏しく、生産国が違っても成分的にはあまり違いがない場合が多い。 ただし、野生のアラビカ種が現在も自生しているエチオピアは例外で、良くも悪くも他にはない独特な香り成分を含んだコーヒーが現れやすい。例えば、2008年には森永乳業の研究グループが、エチオピア産のコーヒーからラズベリーの香りの主成分である「ラズベリーケトン」を初めて検出し、その独特な香りに関係しているのではないかと考察している(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1750-3841.2008.00752.x)。 エチオピアに隣接するイエメンやケニアも、「ラズベリー香」の報告が比較的多い産地だが、近年の遺伝子解析の結果、ティピカやブルボンとは分子系統的に異なる、エチオピア由来の品種が混在することが判明している。 また、20世紀以降になって新たにエチオピアから中南米などに持ち出されたゲイシャやルメ・スダン(厳密には隣接する南スーダン由来)などの品種が近年注目されているが、これらからも「ラズベリー香」の報告がある。品種間の香り成分の化学的な違いにも興味が持たれるところだ。
発酵で引き出される"宇宙の香り"
ここ数年、品種や産地とは別のアプローチで「ラズベリー香」を引き出したものが増えている。そのキーワードになるのが「発酵」だ。 コーヒー豆は、植物学的には種子(厳密には内胚乳)に当たり、収穫した果実から中身だけ取り出す必要がある。この工程を「精製」と呼び、 (1) 乾式精製(別名ナチュラル)(2)湿式精製(別名ウォッシュト、水洗式)に大別されている。 前者は、果実がからからになるまで(1~2週間)天日乾燥したあと、丸ごと脱穀機にかけて種子だけを取り出す。後者は、パルパーと呼ばれる器械で、果皮と果肉をある程度削り落としたあと、水槽に浸けておく。1晩もすれば水中微生物の働きで、種子の表面にわずかに残った果肉が分解されるため、最後に水できれいに洗い流し、乾燥してから脱穀する。 もともと、アメリカのスペシャルティコーヒー業界では「クリーンカップ」と言って、精製の過程で生豆に余分な香味が付くことを良しとしない考えがずっと主流だった。そして、ナチュラルのほうが余分な香味が付くケースが多く、ウォッシュトの方が「クリーン」だと高く評価されてきた歴史がある。 ところが、2010年頃から、乾燥途中でわざと発酵を促して、熟した果実やワインのような香りをつけたナチュラルが登場して評価が変わってきた。最近では、アナエロビック(アネロビック)と言って、ワイン醸造用のステンレス製タンクにコーヒーの果肉や果汁を入れて嫌気的条件で発酵させ、その中に生豆を漬け込みながら精製したものなども登場している。 こういった近年増加中の、発酵強めのナチュラルやアナエロビックのコーヒーからも、ラズベリー香がしばしば報告されている。その匂いには、ぎ酸エチルと同じエステル類が大きく関わっている。 発酵の過程で、酵母が作るアルコールと、酪酸菌などの細菌が作る酪酸や、酢酸、ぎ酸などのカルボン酸が生成。その両者が化学反応して、果実のような香りのあるエステル類が生じるのだ。その量は浅煎り~中煎りのときに多く、深煎りでは少なくなる。