「あなたという人がいないのに、時は過ぎる」安倍元首相国葬(全文)※追悼の辞のみ
あなたの判断はいつも正しかった
信念と迫力に満ちたあのときのあなたの言葉は、その後の私自身の政治活動の糧となりました。その真っすぐな目、信念を貫こうとする姿勢に打たれ、私は直感いたしました。この人こそが、いつか総理になる人、ならねばならない人なのだと確信をしたのであります。私が生涯誇りとするのは、この確信において、一度として揺るがなかったことであります。 総理、あなたは一度、持病が悪くなって総理の座を退きました。そのことを負い目に思って、二度目の自民党総裁選出馬をずいぶんと迷っておられました。最後には2人で銀座の焼き鳥屋に行き、私は一生懸命、あなたを口説きました。それが使命だと思ったからです。3時間後には、ようやく首を縦に振ってくれた。私はこのことを、菅義偉、生涯最大の達成として、いつまでも誇らしく思うであろうと思います。 総理が官邸にいるときは欠かさず、1日に一度、気兼ねのない話をしました。今でもふと、1人になると、そうした日々の様子がまざまざとよみがえってまいります。TPP交渉に入るのを私は、できれば時間を掛けたほうがいいという立場でした。総理はタイミングを失してはならない、やるなら早いほうがいいという意見で、どちらが正しかったかは、もはや歴史が証明済みです。一歩後退すると勢いを失う、前進してこそ活路が開けると思っていたのでしょう。総理、あなたの判断はいつも正しかった。 安倍総理、日本国はあなたという、歴史上かけがえのないリーダーをいただいたからこそ、特定秘密保護法、一連の平和安全法制、改正組織犯罪処罰法など、難しかった法案を全て成立させることができました。どの1つを欠いても、わが国の安全は確固たるものにはならない。あなたの信念、そして決意に、私たちはとこしえの感謝をささげるものであります。
「かたりあひて尽しゝ人は先立ちぬ 今より後の世をいかにせむ」
国難を突破し、強い日本をつくる、そして真の平和国家日本を希求し、日本をあらゆる分野で世界に貢献できる国にする。そんな覚悟と決断の毎日が続く中にあっても、総理、あなたは常に笑顔を絶やさなかった。いつも周りの人たちに心を配り、優しさを降り注いだ。総理大臣官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした7年8カ月、私は本当に幸せでした。私だけではなく、全てのスタッフたちが、あの厳しい日々の中で、明るく生き生きと働いていたことを思い起こします。何度でも申し上げます。安倍総理、あなたは、わが国、日本にとっての真のリーダーでした。 衆議院第一会館1212号室のあなたの机には、読みかけの本が1冊ありました。岡義武著『山県有朋』です。ここまで読んだという最後のページは、端を折ってありました。そしてそのページには、マーカーペンで線を引いたところがありました。印を付けた箇所にあったのは、いみじくも山県有朋が長年の盟友、伊藤博文に先立たれ、故人をしのんで詠んだ歌でありました。総理、今、この歌ぐらい私自身の思いをよく詠んだ一首はありません。「かたりあひて尽しゝ人は先立ちぬ 今より後の世をいかにせむ」。「かたりあひて尽しゝ人は先立ちぬ 今より後の世をいかにせむ」。深い悲しみとさみしさを思います。 総理、本当にありがとうございました。どうか安らかにお休みください。令和4年9月27日、前内閣総理大臣、菅義偉。 (完)【書き起こし】安倍元首相国葬