「中高一貫」伝統校が社会の防波堤=学校を守るために始めたこととは?
教え子がパリ五輪大会に出場
――訪問してみていかがでしたか。 水野 痛感したのは、県立校間の人事異動は転職に近いものだということです。公立高校は偏差値で輪切りにされていますから、生徒の家庭の経済状況などがまるで異なります。ある学校では、「うちは3分の1が外国人家庭で、保護者紹介をしても言葉が通じないことがあるからね」と言われてびっくりしたことがあります。多少誇張があるにしても、高校によって全然環境が違います。 ――凄まじい。この頃は、統計上では一番校内暴力が多かったとなっていますね。 水野 そういう環境で心を病む教員もいました。卒業生が来て校舎の中をバイクで走り回っています、というような時代もあったと聞いています。その後、柏井高校(柏市)に校長として4年間、松戸市の松戸市立旭町中学校と県立松戸国際高校の校長も務めました。都合9年間、休日も含めて365日ブログで学校の様子を発信していました。 今も「校長室だより」として続けています。リンクの記事は、私が勤務していた時の生徒が、今年のパリ五輪大会に出場したことを伝えた内容です。女子ウエイトリフティングの鈴木梨羅選手と男子110mハードルの村竹ラシッド選手の2人で、そろって入賞して感動しました。鈴木選手の壮行会に行きましたが、こうした出会いは教員生活の喜びです。 ――教え子が五輪大会に出ることはなかなかありませんしね。
「心の旅」としてのキャリア教育
水野 松戸国際高校校長の時、校長室は進路指導室を兼ねていたので、多い年など30人から40人の生徒が出入りしていました。しかし、生徒の実体験だけでは、時間とおカネに限界があります。 建築家の安藤忠雄さんが「本を読むことも世界を広げる『心の旅』なのです」というように、生徒には漠然とした目標であっても、自分の“心の旅”をきちんとしてほしい。この分野に進みたいなら、最低この本を読みなさいという読書指導をして、読後の対話を生徒と重ねました。生徒によっては、渡したはなから「もう読みました」と、週に何回も訪れてくる子もいました。 ――校長がキャリア教育を支援していたわけですね。 水野 8月に校長室に来て、「上智大の総合グローバル学部を受けたい」という女子生徒がいました。学力的には相当ハードルが高かった。課題論文のテーマは次のようなものでした。 グローバルイシュー(地球規模問題)を一つ取り上げ、それがどのような問題なのか説明した上、その理解と解決のためにグローバルな視点とローカルな視点がどのように重要であるかを、具体例を挙げながら述べなさい。 とりあえず2000字の論文を書くよう言いましたところ、その生徒は500~600字書いて「先生、これで限界です」と悲鳴を上げてきました。これでは選抜は通らんぞ、ということで、そこから読書指導を始めるのです。ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センとか、政治学者イアン・ブレマーとかの著作を薦めました。その生徒は、10月までの2か月間に12冊を次々と読んでいきました。 すべての著者名とタイトルとあらすじを言えるようにしておけよ、と言いましたら、「大丈夫です」と。試験会場では全部答えられたそうで、面接官はクビをひねっていたそうです(笑)。それだけの裏打ちがある生徒なら、きっと大学も学生に迎えたいと思うはずです。 ――きちんと本を読ませることは大切です。