「中高一貫」伝統校が社会の防波堤=学校を守るために始めたこととは?
50歳を過ぎてから民間人校長として公立校の実態を眼前にした「しまじろう」校長は過酷な現状に直面する。明星中高に教職を志すプログラムを新たに設けるなど、日本の未来を支える社会の防波堤である学校と教員の未来について熱く語る。(ダイヤモンド社教育情報、撮影/平野晋子) 明星「しまじろう校長」がしてきたこと【写真】 水野次郎(みずの・じろう) 明星中学校・高等学校校長 1957年愛知生まれ。愛知県立時習館高校、慶應義塾大学文学部英文学科卒業後、福武書店(現・ベネッセコーポレーション)入社。進研ゼミ「中学講座」広告宣伝部から「こどもちゃれんじ」創刊編集長に。人気キャラクター「しまじろう」の開発リーダーを務めた。大阪支社長を経て退職し、プチホテルを開業(静岡・伊東市)。2008年、千葉県の民間人校長採用選考に応募、県立薬園台高校教頭に。09年県立柏井高校校長の後、松戸市立旭町中学校、県立松戸国際高校の校長も務める。18年私立開星中学校・高等学校(島根・松江市)校長に転じ、23年明星中学校・高等学校副校長、24年4月より現職。第11回伊豆文学賞の優秀賞受賞。
公立校の10年間で目にしたこと
――前回は、千葉県教育委員会の民間人校長公募に採用されるまでのいきさつをうかがいました。教員経験のないまま、公立校の校長を務めていかがでしたか。 水野 千葉県立高校の校長として赴任して初日か2日目のことです。教員が「コンビニに行ってきます。生徒が万引きしました」と言うので、とても驚きました。「なんであなたが行かなければならないのですか。学校を一歩出たら、それは親の責任でしょう」と言いましたが、話が全然通じないんです。 後で聞きましたら、そういう校外での対応も教師の仕事だと。米国なら、校門で握手したら、あとはノータッチの世界です。ところが、午後7時過ぎてから電話をかけてきた保護者が、「7時に(学校の)電話がつながらないとは何事だ」と激高されたこともあるという。 ――そういう電話はそこからが長いんですよね。 水野 学校の管理職には、教員を守る役割があることをまず感じました。 ――就職先として教員が学生に敬遠される理由の一つかもしれません。民間人校長として、県教委からはどのような要望がありましたか。 水野 何もありませんでした。最初、薬園台高校(船橋市)に教頭として赴任しました。職員会議には出ていましたが、実務は与えられず、好きに幅広く半年間動いてほしい、とにかく県内の高校を見てきてくれというので、30数校を訪問しました。