モノづくり1500年の堺が生んだ「スーパー刀匠」
五代目誕生
日本刀を鍛造するには、国家資格である刀匠の資格が必要で、現在、刀匠として登録されているのは、全国で168名(全日本刀匠会ウェブサイトより)。そのうちの一人が、大阪府下では唯一の現役刀匠である水野鍛錬所五代目・水野淳(みずの・じゅん)氏だ。刀銘は範忠(のりただ)。二代・正範氏の「範」の字と、水野鍛錬所の庖丁のブランド名・源昭忠(みなもとのあきただ)の「忠」の字をそれぞれ戴いたそうだ。 京都出身の淳氏は、劇団で役者をやっていた時に、水野鍛錬所の一人娘と出会い、31歳で結婚。水野家の養子となり、家業を継ぐこととなった。 「31歳から、刀と庖丁の修行を両方やることになりました。もちろん初めてです。子供が箸(はし)を持つところから始めるようなものでした。その頃、水野鍛錬所の工房は、職人さんも退職し、誰も使っていないような状況でしたが、幸運だったのは、1930(昭和5)年生まれで15歳からうちで働いてもらっていた、本城永一郎(ほんじょう・えいいちろう)さんという第一級の腕を持つ鍛冶職人さんの仕事を見ることができたことです。高齢で既に退職されていましたが、週に一度くらい工房に来てもらって、技を目で見て盗むことができました」(水野淳氏) 刀鍛冶の技術を習得するため、全日本刀匠会が主催する研修会には毎回参加した。堺の名門・水野鍛錬所の息子が来るというので期待されるも、最初は素人同然の腕前でがっかりされたという。 刀匠の国家資格を得るには、資格を持つ刀鍛冶の下で5年以上の修業をし、文化庁主催の「美術刀剣刀匠技術保存研修会」を修了する必要がある。 この国家試験は、岡山県瀬戸内市の備前長船(おさふね)刀剣博物館で毎年1回、玉鋼(たまはがね)を選ぶところから脇差しを造りあげるまで、8日間かけて行われる。 「審査員は、全日本刀匠会の無鑑査刀匠です。無鑑査刀匠とは、展覧会などに審査や鑑査なしで出品が可能と認められ、刀匠の中でも最高位とされる方たちです。そういう人たちが腕組みしながら見つめる中、刀を造ります。見込みがないと思われたら、1日目でも肩を叩かれて帰宅を促される。完全非公開の審査で、締め切った鍛錬場内は気温60度くらいになりますし、本当に過酷な試験なんです」(水野氏) 子供の頃から図画工作が不得意で、劇団にいた時には、小道具に触らせてすらもらえなかった淳氏。31歳からの鍛冶修行は無謀とも思えたが、何故か自信めいた手応えがあった。初めての刀造り、庖丁造りであったにも関わらず、不思議なくらい勘どころを会得するのが早かった。秘められた才能が、鍛冶師として発揮されることになるとは誰が想像しただろう。 現在は水野鍛錬所五代目として様々な受注を受け、メディアに取り上げられる機会も増えた。日本刀の古式鍛錬の技術を活かした本焼の和庖丁は外国人にも人気が高く、現在、顧客の9割以上が外国人だという。2022(令和4)年には、世界累計販売8400万本の人気ゲームシリーズ「モンスターハンター」(カプコン)に登場する武器・「狐刀カカルクモナキ」を、刃長約2.2メートルの原寸大サイズで再現するなど、精力的に仕事を行っている。