『源氏物語』22歳の源氏と結ばれた14歳の紫の上。まだ幼い紫の上は<結婚>について誰からもきちんと教えてもらっておらず…
現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで――。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。 【書影】厳選されたフレーズをたどるだけで、物語全体の流れがわかる!松井健児『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』 * * * * * * * ◆紫の上の乳母子の言葉 <巻名>葵 <原文>あだなることは、まだならは(わ)ぬものを <現代語訳>浮気なんてことは、まだ知りませんのに 源氏とともに一夜を過ごした、ある朝のこと、紫の上はいっこうに起きてきません。源氏は紫の上の枕もとに、そっと手紙を置いていきます。 紫の上がその手紙の歌を読むと、そこには紫の上との結婚がようやく実現したことへの、満ち足りた気持ちが歌われていました。 源氏が22歳、紫の上が14歳ほどのことです。
◆平安時代の結婚の習俗 当時の結婚は、一族の家長同士が、それぞれに最適な結婚の相手を選んでおこなわれる、とても公的なものでした。 しかし、源氏と紫の上の間には、そうした表だった関係はなく、親子のような、兄妹のような、仲のよい間柄でした。 そんな関係の延長としての結婚でしたから、紫の上にとって、この結婚はとても意外なことでした。 紫の上には、なんの心の準備もなく、結婚については、誰からもきちんと教えてもらっていなかったのでしょう。
◆三日夜の餅 源氏は惟光(これみつ)を呼んで、三日夜(みかよ)の餅の準備をさせます。結婚三日目の夜に、新婚の夫婦がお餅をともに食べる習慣があり、これを三日夜の餅といいました。本来は、同じものを食べることによって、家と家とが結びつき、同族となる公的な儀式です。 惟光は源氏の乳母子(めのとご)です。当時は高貴な貴族は、乳母(めのと)によって育てられました。 乳母子は、その乳母の子であり、主君が乳児のときからともに育った乳兄弟です。 惟光は三日夜の餅を、紫の上の乳母の娘を呼んで渡します。弁という、紫の上の乳母子です。 惟光は「これは祝いのお品です。おろそかに扱ってはいけませんよ――あだに、なさるな」と言葉をそえます。 それを聞いた弁の応えが「あだなることは、まだ習わぬものを――浮気なんてことは、まだ知りませんのに」でした。 「あだ」は、いい加減、軽率という意味と、男女の間の移り気という二つの意味があります。
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