「治療法のない難病に挑む」山中教授からのバトンをつなぎ正念場を迎えるiPS細胞研究の最前線に密着#ニュースその後
「今後はCiRAで自身の基礎研究をこれまで以上に行っていきたい」。昨年3月、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)を長年率いてきた山中伸弥教授が所長を退任。日本のiPS細胞研究は次世代の研究者へと託された。彼らに期待されているのは、これまでの研究成果を実際の治療に活用することだ。 2023年12月1日、CiRAは「遺伝性の難病『多発性嚢胞腎(たはつせいのうほうじん)』の治療薬の候補となる物質を見いだした」と発表した。研究チームを率いるのは長船健二教授。腎臓・肝臓・すい臓と3つの臓器を専門とする世界でも数少ない研究者だ。iPS細胞から培養した腎臓の細胞で実験を重ね、15年かけてこの成果にたどり着いた。 しかし、長船教授ら研究者の前に立ちはだかっているのが、iPS細胞技術の実用化に必要な数億円とも言われるばく大な費用の確保だ。「死の谷」をどう乗りこえるか。「自分たちがしないといけない」と意気込む研究者に密着した。(取材:テレビディレクター・西谷奏/Yahoo!ニュース オリジナル特集編集部)
難病に挑む――iPS細胞研究は次の世代へ
2006年8月、体のあらゆる臓器や組織の細胞に変化し、さまざまなけがや病気を治療できる可能性を秘めたiPS細胞の開発は、世界に衝撃を与えた。その実用化を目指し、2010年に設立されたのが京都大学iPS細胞研究所、通称CiRAだ。これまで10年以上にわたり、日本のiPS細胞研究をリードしてきた。およそ30人いる主任研究者の一人が、長船健二教授。次世代を託された研究者の1人だ。腎臓・肝臓・すい臓を専門とする、世界的にも珍しい存在である。 「私がやっている腎臓、すい臓、肝臓というのは難しい。特に腎臓は全身の臓器の中でも一番(研究が)遅れているものの一つですね。腎臓病というのは治療法も少なく、患者数も非常に多いですから」 臓器の細胞は、iPS細胞による再現が難しいと言われてきた。だが、2023年2月、長船教授が長年取り組んできた研究の一つがようやく結実しようとしていた。 多発性嚢胞腎は、遺伝性の難病だ。腎臓に多数の袋状の組織「嚢胞」が発生し、腎機能の低下を招く。日本に約3万人の患者がいるとされるが根本的な治療法はない。進行すると腎不全を起こし、人工透析や腎臓移植が必要となる。長船教授のチームが挑んでいるのは、その治療薬の発見と実用化だ。 iPS細胞研究には大きく分けて2つの分野がある。病気やケガで失ってしまった機能を回復させる「再生医療」と、iPS細胞由来の細胞を用いて病態を再現し、その治療薬の開発を目指す「創薬研究」だ。これまで動物実験などを通してしか効果を確認できなかった薬品や成分を、iPS細胞を使うことで一度に大量に、かつ安全に実験ができるようになったという。 iPS細胞は皮膚や血液など体の細胞に4つの遺伝子を導入することで作られる。長船教授の研究チームは多発性嚢胞腎の原因遺伝子を持つiPS細胞を作製し、液体窒素のタンクで常時冷凍保存している。ここから3カ月かけて嚢胞を持つ腎臓の細胞を作り、実験をするという。 「みなさん『いつ研究の成果が実用化されるんですか』と疑問視していると思いますので本当に医療として発展させる、定着させるために『これから自分らが頑張らないと』というところ。あと数年待っていただいたら、遅いなと思っている人も、『新しい医療がどんどん出てきたな』というふうになると思います。そういう意味では、いまは正念場。」