肺がん新薬の相次ぐ登場に「もう少し早ければ、あの患者さんも…」と切ない思いも
国立がん研究センター東病院 私のがん診療録
日本人の2人に1人ががんを経験するといわれています。がん患者と向き合う医療者は、日常の診療の中で何を思い、感じているのでしょうか。国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の医師らが語ります。今回は、肺がんの治療を専門とする呼吸器外科長の坪井正博さんです。 【図解】肺がんの区域切除とは
治る人を増やすために
肺がんの治療は、確実に進歩しています。手術では、以前は肺の半分から3分の1程度を切り取っていましたが、現在は2センチ以下のがんなら、より小さな切除範囲で済む可能性があります。放射線治療も、がんをピンポイントで狙う高度な治療法に粒子線治療が加わっています。 何より分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤という新しい薬の登場で、治療成績が向上しています。これらの治療の組み合わせで、ある程度進行した患者さんの生存率も大きく延びています。 一方で、まだまだ完治に至らない例もあり、臨床試験に取り組みながら悩み多き日々を送っています。 ある時、手術から8年たった子育て中の患者さんから連絡をいただきました。リンパ節再発や脳転移にもめげず前向きに治療を続けていましたが、脳転移がコントロールできていませんでした。当院で、がんに関わる遺伝子変異をまとめて調べる検査を受けると、ある遺伝子変異が見つかりましたが、当時は、その変異に対して有効性が示された薬はありませんでした。 昨年末、その遺伝子変異をターゲットにした新薬が承認申請されたとの発表を目にしました。もう少し早くこの結果が出ていたら……。そんな切ない思いを抱くと同時に、「科学の進歩が時代を変える」という使命感を持って臨床試験を積み重ねることの大切さを改めて痛感しました。 当院では、通常は手術対象外とされるケースも含め、新しい治療へのチャレンジを続けています。治療に困ったことがあれば、お気軽にご相談ください。
粒子線治療やロボット手術も保険適用に
肺がん治療の最新事情を坪井さんに聞きました。(聞き手・藤田勝) ――肺がんもいくつか種類がありますが、基本的には早期なら治療の第1選択はやはり手術でしょうか。 そうですね。ただ、高齢者の場合、手術を受けることで生活に支障が出ることもあるので、ちょっと心配な場合は放射線治療も検討してもらいます。 ――放射線治療では、がん病巣に集中的に多くの放射線を浴びせる粒子線治療を受ける患者も増えていますか。 はい。以前は先進医療でしたが、今年6月から早期の肺がんが保険適用になっているので、そういう選択肢があることも患者さんに伝えないといけないですね。 ――粒子線治療だけで完治することもありますか。 あると思いますよ。だた、有効性のエビデンスが、手術の場合はがんのステージ1から3まで幅広くあるのに対して、粒子線治療はがんの大きさが4センチ以下でステージ1であれば適応がありそうです。今後はがんのステージによって、粒子線治療が選択肢になるかどうか、検討されることになるでしょう。 ――手術も進歩して、切除範囲を極力小さくできるようになってきたそうですね。 肺葉を18区域にわけて、がんがある部分だけを切除する「区域切除」が増えてきました。結核が多かった時代に多く行われていた方法ですが、2センチ以下の肺がんの標準治療として見直されるようになりました。肺静脈を目印にしてブロック切除するのですが、肺静脈をまたいでリンパ管が発達しているので、がんの局所再発を減らすには場所と大きさによっては隣のブロックも切除しないといけません。医師に十分な知識や技術がないと、局所再発を起こしてしまうリスクがあります。 ――ロボット手術も増えていますか。 はい。これも保険適用になっています。機器があればどこでもやれるようになりました。非常に低侵襲ということで増えています。 ――東病院の場合、肺がんの手術の何割ぐらいがロボット手術ですか。 今は2~3割ぐらいですね。私自身は年齢的なこともあってやっていませんが、若い医師は新しいことにチャレンジするのが好きなので、呼吸器外科でロボットに興味がある医師なら大体できます。 ただ、肺には肺動脈という弱い血管があって、油断すると大出血を起こしてしまうので、そういう場合の備えは十分にしておく必要があります。