「治療法のない難病に挑む」山中教授からのバトンをつなぎ正念場を迎えるiPS細胞研究の最前線に密着#ニュースその後
「死の谷」をこえろ――医師、研究者、そして起業家へ
そんな教授が直面しているのが、iPS細胞技術の実用化にかかるばく大な費用の問題だ。CiRAの運営予算は年間60億円。ただし、そのほとんどが使用期限や使途が決まっている。研究をサポートするiPS細胞研究基金は研究者の人件費やCiRA内での研究費用に充てられている。新たな治療法を実用化するには、さらに数億円の費用がかかると言われている。 「一般には『死の谷』と言われていますが、研究で実際に効きそうな薬や新しい治療法の種が見つかっても、治験をするのに億以上のお金がかかるわけです。そうなると大手の製薬企業と共同研究するか、自分で企業を作って投資家からお金を集めるか。それで、自分でベンチャー企業を作ったんです」 自分たちの研究を自ら集めたお金で実用化する。そんな思いから長船教授は2019年に医療ベンチャー企業「リジェネフロ」を立ち上げた。長船教授以外にメンバーは15人。製薬会社で医薬品の研究や臨床への橋渡し研究をしていた森中 紹文さんを社長に迎え、腎疾患の治療法実現に向け、製薬会社や投資家との協力を進めている。 リジェネフロ取締役でCFOの山口勝久さんは、現状を打開するには研究者側からの積極的なアプローチが不可欠だという。 「人で安全で効くとなったら、製薬会社は一生懸命やってくれるんですけど、その前の段階というのはあまりサポートが得られないというか、資金も集まりにくい状況。われわれみたいな会社がそういうところのギャップをつないでやっていくのが、結構大事なのかなと思います」 大学で研究開発された医薬品を実用化するには、製薬会社の協力は不可欠だ。CiRAのような研究機関が成果を出しても、その技術を商品として販売することはできない。また、治験そのものにもばく大な費用がかかるため、製薬会社が興味を示さなければ、どんなに画期的な技術でも実用化されることはないのが現実だ。 多発性嚢胞腎の新たな治療薬は、順調に進めば来年に治験が始まるという。長船教授は多くの投資家や製薬会社を回り、その実現に向けて奔走し続けている。 2023年10月30日 、15年にわたり長船教授らが取り組んできた多発性嚢胞腎の新たな治療薬、その論文の国際学術誌への掲載が決まった。今後は治験に向けて出資者や協力企業を募り、準備を進めるという。 「この薬が効いてくれたら、この病気の患者さんの症状が良くなる。薬を見つけるためのiPS細胞のモデルも発表しているので、いま複数の製薬企業が今後さらに新しい薬を発見しようとしています。今後10年くらいたったら、もっと多くの薬が見つかると期待しています。」 今、iPS細胞研究は正念場を迎えている。現在、CiRA研究者が開発した技術を基に実施されている臨床試験は7件。長船教授のもの以外にも多くの研究が実用化に向けて動き出している。先行する血小板やパーキンソン病治療の研究に加え、今後さらに多くの研究が治験へと入っていく予定だ。 「臨床は頑張っても一人ひとりしか助けられないですけど研究は、うまくいったら何万人、何十万人を助けられます。山中先生がiPS細胞を使って再生医療ができるかもしれないというところまで実現させたので、実際に医療にするというところは『自分たちがしないといけない』と思っています。」