自己責任論が蔓延する日本 「私たち」を主語に“共感力”で助け合う世界を 霊長類学者・山極壽一さん【Style2030】
山極壽一氏: 言葉って情報なんだよ。情報を伝えるために現れた。ゴリラってずっと一日中みんなまとまって顔を合わせて動いているから、情報を伝え合う必要がないわけ。 人間はゴリラが住んでいるアフリカの熱帯雨林をずっと古い昔に出て、サバンナで暮らし始めたわけだよね。サバンナって怖い肉食獣がウヨウヨしているから、弱い人たち、つまり身重の女性とか、幼い子どもたちは安全な隔離場所に隠れていて、屈強な者が遠くまで出かけていって、食糧を採集して帰ってこなくちゃいけなかったわけだよね。 そうすると情報交換する必要が出てくるわけ。持ち帰ってきた食物をどこでどのようにして捉えたのかっていうことを何かによって示さなくちゃいけないわけじゃない。情報が必要になってくるのは、人間が離れたり、くっつきあったりということが頻繁に行われるようになってから。 言葉って、どこにでも持ち運びできる。遠くにあって見えないものを言葉によって伝えることができる。過去に起こってしまって自分が体験できなかったことを、それを体験した誰かが言葉によって伝えてくれることはあるんです。それによって知識や世界が広がるわけ。言葉ってそういうものなの。情報なんですよ。 ■今の教育では「生きる力」はわいてこない 大切なのは? 人類は言葉や文字を使うようになってから、ある問題に直面したと山極氏は言う。 山極壽一氏: 僕はアフリカの人たちと一緒にゴリラを調査したんだけど、アフリカの狩猟採集民でピグミーと言われている人たちは、最近まで文字を持っていなかった。文字は人間の本質的な文化を作るために役立っていないんです。 言葉だって人間が小さな地域共同体で一緒に仲良く過ごすうえではいらない。それ以上の人たちと情報交換をするために言葉は生まれ、契約や商売をするために文字が生まれた。そういう中で、僕らはだんだんと書かれた文字に依存するような社会を作ってきてしまった。 言葉によって相手の気持ちを知ろうとしたり、言葉によって決定しようとしたり、人々の関係を言葉によって表現しようとしたり。それは100%できるわけじゃないのに、言葉に頼り過ぎてしまっているから、言葉にすごく依存するような形にどんどんなってしまっている。