似顔絵描き、入院患者を笑顔に あるイラストレーターの奮闘
直面した葛藤
こうして始めた似顔絵セラピーだったが、いざやってみていると、その難しさに直面したという。通常、似顔絵ではモデルとなる相手の姿に似ていることが絶対。一方、似顔絵セラピーの場合、病気をしている人の“そのままの姿”を描いて、それが似ていたとしても描かれた人は心の底から喜ぶのだろうか……。
自問自答、そして幾度も試行錯誤を繰り返し、村岡さんが身に着けた画風は、被写体となる人の元気だった時や輝いていた時を想像し、対話の中から浮かんだイメージを加えた『笑顔の似顔絵』を描くということだった。
描きながらの会話がカギ
村岡さんに似顔絵セラピーを依頼している一人、東北大学病院の教授だった下川宏明さんは、「患者さんが笑いとか微笑とか、そういうもので気分が明るくなられて、不安も取り除かれると、患者さんの免疫力とか自己修復能力も活性化されてくると思う」と話す。 同病院は、設立から190年を超える歴史を持つ、日本の医療を長年支えてきた特定機能病院である。この病院で村岡さんは、2007年ごろから10年以上に渡り年に2回、病院にいる患者などに似顔絵セラピーを行っている。 村岡さんはある日、同病院を訪れた。似顔絵を描くために一室が提供され、希望者がそこを訪れる。この日、部屋に現れたのは数年前に心臓に腫瘍が見つかったという68歳の女性。71歳の夫を自宅に残して一人入院中で、1週間後に手術を控えていた。 いくつもの色鮮やかな水彩絵の具が彩るパレットを広げ、テーブルをはさんでパジャマ姿の女性と向き合う村岡さん。まずは、真っ白なキャンバスを左手に持つと、鉛筆によるデッサンで女性を描いていく。
似顔絵を描く間、村岡さんが特に大切にしていることが会話だ。 モデルとなる患者に、病気になる前の夢や思い出を聞いたりして、その人が一番輝いているイメージを頭の中で膨らませていく。そのイメージをキャンバスに落とし込んだら、色付け作業へ。温かい色彩の水彩絵の具を用いて、白と黒色だけだったキャンバスに生命を吹き込むように、生き生きとした表情を浮かび上がらせていく。似顔絵1枚を完成させるのに掛かる時間は、約1時間。 そしてこの日、完成させたのは、モデルとなった女性とは少し異なる、手に扇子を持って楽しそうな表情で踊り仲間と一緒に舞う女性の似顔絵だ。