WALK on the WILDSIDE -全天候型放浪記- 宝島アイランドバックパッキング
エメラルドグリーンとトカラブルーに撃ち抜かれる。
キャプテンキッドの鍾乳洞。 翌々日、家まで迎えに行くとフーちゃんは準備万端で待っていた。自転車用ヘルメットに長靴、リュックの中には懐中電灯とおやつの「すっパイチュウ」が入っている。僕は両親に挨拶をすると、借りた軽バンにフーちゃんと友だちのフクちゃんを乗せ、キャプテンキッドが宝物を隠したという鍾乳洞へと向かった。 「観音洞」と呼ばれているその鍾乳洞は深い森のなかにあった。湿気が高くいかにもハブが出そうな場所だ。 「このへんの森にはハブはいるの? 」と聞いたらフクちゃんが「いっぱいいるよ! モモなんかいつもハブばっか獲ってる! 」とニコニコ笑った。 モモというのはフクちゃんのお兄ちゃんでまだ小学5年生。島ではハブを捕まえると一匹500円で買いあげてくれるが「モモはこないだ7000円も貰ったんだよ~」と教えてくれた。 宝島に生息しているのは「トカラハブ」という毒の弱い種なのだが、それにしたって噛まれたら大変だ。島の子どものワイルドさにほとほと感心してしまった。 鍾乳洞はデカかった。中に入るまではちょっとしたホラ穴程度だろうと思っていたのだが、歩を進めるにつれ、僕はびびり始めた。本州の観光用鍾乳洞と違い順路や目印のようなものもなく、一体どこまで繋がっていてどこに出るのかもよくわからない。 試しにヘッドランプを消したら自分の指先も見えないほどの濃密な闇に囲まれた。まるで墨汁のなかに頭まで沈んでしまったようで、上下左右の感覚もわからない。もしいまヘッドランプを落としたらそれを拾いあげる自信すらない。僕は慌ててスイッチをオンにした。 子どもたちは鍾乳石の隙間を四つん這いになって進んでいった。大人にはとてもくぐれない小さな穴だ。 「おーい! 気をつけろよ! 」と僕はうしろから叫んだ。保護者的立場からすると気が気じゃない。でも考えてみれば僕も少年時代はあんなふうに無鉄砲だった。家の屋根より高い木によじ登ったり、細いロープ一本で川を渡ったり、大人が見たら悲鳴をあげるようなことばかりしていた。そういうことができなくなるのは一体いつからなんだろう? 少年と大人の境にあるのはなんなんだろう? ふたりのお尻を眺めながらそう思う。 しかしどんどん遠ざかる懐中電灯の光を見て、僕はさすがに心配になった。そしていい加減に戻ってこいと少年たちを呼び戻した。 「凄いの見つけたよ! 」 やがて穴から這い出してきたフーちゃんは僕に白い鍾乳石のかけらを見せた。 「水がポタポタ垂れているところがあって、その水が落ちるところに生えてるんだ! 」。 それは水滴に含まれた石灰分が少しずつ結晶してできる石灰石柱のようだった。 その鍾乳石のかけらは、僕にかつてアラスカで巨大氷河を目にしたときの茫漠とした感覚を思い出させた。氷河は僕らが知っている河川とははまったく違う。同じ河ではあるが、まるで動いてるようには見えない。しかしこれを宇宙からの目線、100年単位の目線でみたら固く見える氷塊も、まるで踊るように軽やかに流れて見えるのだろう。 スローモーションのようにポトン、ポトンと落ちる水滴。そしてその先の地面から突起するマッチ棒ほどの石柱。ここにもまた地球サイズの時間が流れている。 「これあげる」。 フーちゃんはその白いかけらを僕にくれた。