想像以上だった生態系クラッシュ──「水辺の外来種のラスボス」アメリカザリガニとの終わりなき戦い
「水辺の外来種のラスボスみたいな存在を放置し続けるなんて、まったく科学的じゃない」。専門家をして、そう言わしめるアメリカザリガニ。時には図鑑の表紙を飾り、身近な生き物として子供たちの人気を集めた「アメザリ」が、なぜ今になって取り沙汰されるのか。そこには専門家さえ数十年にわたって見逃していた、アメザリの「ひそかなる進軍」があった。(ライター・中村計/撮影:二神慎之介/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部、文中敬称略)
ほぼ最後のトンボの楽園に「危険信号」
足音に気づくと、池の底で小さなドロ煙が立った。 タモ網を手にした苅部治紀(55)の表情が曇る。 「嫌なモードに入ってるな……」 だいたいの見当をつけてタモ網を水の中に突っ込み、泥ごとすくい上げる。網目から泥が抜け落ちるにつれ、見覚えのある形が浮かび上がった。網の中では、泥にまみれた3センチほどのアメリカザリガニがハサミを振り上げていた。 「稚ザリ、確認。繁殖しちゃってるな。こうやって捕れちゃうのは危険信号なんですよ」 場所は、とある自然公園。大きな池の周囲を湿地帯が囲み、トンボが40~50種ほど生息している。苅部は「この地域では、おそらく、ほぼ最後のトンボの楽園」だと話す。それだけに定期的にアメリカザリガニの罠を仕掛け、個体数の変化を調べつつ、同時に駆除も行っている。 苅部は神奈川県立生命の星・地球博物館の主任学芸員で、トンボの専門家でもある。その苅部が異変に気づいたのは、1990年代後半のことだった。
想像以上だった生態系クラッシュ
「静岡県の桶ケ谷沼というところで、トンボ類や水生昆虫類、あとは水草が急激に減少しているという報告がありました。県が買い上げて、希少種を保護していた貴重な場所だったんです。もともとアメリカザリガニもいたんですけど、1998年に爆発的に増殖してしまって急激なクラッシュが起きたわけです」 以降、各地の水辺を調べ始めると、同じようなケースが相次いでいた。 アメリカザリガニは雑食性で、食欲旺盛。水草を食べるだけでなく、狩りをしやすくするためだけに切ることもある。水草は水生生物の家だ。そこに身を隠し、産卵をする。その家がなくなれば、多くの水生生物が生きる環境を失う。三重県のある沼では、アメリカザリガニの侵入から8年で、23種いた水生昆虫がわずか1種にまで激減したというデータもある。