クジラやイルカを解剖し続け2000体、海獣学者が受け取る亡き骸からのメッセージ
クジラやイルカなどの海獣に向き合って約四半世紀。海獣学者の田島木綿子さんは、砂浜などに打ち上げられた海獣の死骸を解剖し、死因を分析するスペシャリストだ。これまで解剖した数は2000頭にもおよぶ。彼らの亡き骸から見えてくるものとは、そして田島さんを駆り立てるものとは何なのだろうか。(取材・文:神田憲行/撮影:菊地健志/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
海獣版「科捜研の女」のような役割、死骸への最初の入刀も担う
水色のトレイの中に並べられたのは、おすしなどでよく使われるバラン、魚肉ソーセージの包装フィルム、歯ブラシか何かの柄など。 「全部、クジラの盲腸から出てきたんですよ。これだけのプラスチックのごみが海に流入し、クジラの体内に入っているというわけです」
国立科学博物館の動物研究部脊椎動物研究グループで研究主幹を務める田島木綿子さん(50)が、静かな声で教えてくれた。田島さんの仕事はクジラやイルカなど海棲の哺乳類、いわゆる「海獣」の研究で、とくに砂浜などに打ち上げられた死骸を解剖し、その死因を分析している。浜にイルカやクジラが打ち上げられることをストランディング(座礁)という。ニュース映像などで見たことがある人も多いだろう。海獣のストランディングは国内だけでも年間300件ある。 ひとたびストランディングが報告されると、田島さんは研究者仲間と現場に向かい、そこで解剖して死因を探し、標本採取をする。海獣版「科捜研の女」みたいな役割だ。
冒頭のプラスチックごみは、2021年10月22日、静岡県伊東市の浜辺に打ち上げられたザトウクジラを解剖したところ、その体内で発見された。それまで胃の中に見つかることは多かったが、盲腸からは初めてだという。 ストランディングの現場ではまず、横たわった個体の大きさを計測して写真を撮る。腐敗などでクジラの種類の特定が難しいときは、他の専門家に写真付きのメールを送信して相談することもある。そのあと個体の体表を観察していく。定置網に引っかかった痕やサメの噛み痕などがないか。ただれた部分があると感染症の疑いが出てくる。海獣も哺乳類なので、海鳥経由でインフルエンザにかかる可能性もある。新型コロナウイルスに感染した海獣はまだ報告されていない。 外貌観察が終わると、解剖刀と呼ばれる出刃包丁のようなナイフを持って個体に挑む。最初に刀を入れるのはいつも田島さんだ。 「後進も育てているけれど、今のところは私がいちばん早いし手際が良いので」