「自殺とは、他殺である」|河合優実主演・映画『あんのこと』を通じて戸田真琴さんが感じた、実在の人物を描くことの怖さと希望の光
『SRサイタマノラッパー』シリーズや『AI崩壊』の入江悠監督による映画『あんのこと』は、2020年の日本で現実に起きた事件をモチーフにしている。杏役を務めたのは、TBSドラマ『不適切にもほどがある!』でも熱演が話題となった河合優実。脇を固めるのは、佐藤二朗と稲垣吾郎と豪華布陣だ。今回、自身も映画監督として活動する文筆家の戸田真琴さんに本作のレビューをお願いした。
文・戸田真琴 文筆家・映像作家・元AV女優
「いちばんさみしい人の味方をする」を理念に活動中。著書に「あなたの孤独は美しい」(竹書房)、「人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても」(角川書店)、「そっちにいかないで」(太田出版)、監督作に映画「永遠が通り過ぎていく」がある。
事実を、そのままに見据えること
2024年、新型コロナウイルスのパンデミック発生から4年の月日が経ち、あらゆることが元通りになってきたと捉えている人も少なくない。しかし、それと同時に、名付けようのない漠然とした喪失感が、未だあらゆる場所に残されているとも感じる。我々は、コロナ禍から本当に脱出することができたのだろうか? いや、仮に”元通り“の暮らしが戻ってこようと、あの期間に失ったありとあらゆるものたちを取り戻せてなどいないし、傷はまだ癒えていない。
世界情勢は悪化の一途を辿り、歴史の教科書で見た信じがたい惨事とそう変わりない、あるいはそれを超える大きな傷が私たちの生きる時代にぱっくりと開いて血を流している。私たちは、一体どこへ向かう列車に乗っているのだろう。どうすれば、もう誰も傷つかなくて済むだろう?そんな純情さを空に浮かべてみても、実際に誰が何をして、どんなふうに傷ついて、どんなふうに今日も絶命していったのか、その重すぎる事実から目を逸らす術ばかり教わってきた未熟な自分がいるだけだ。 詳細を調べる気力も体力も残らないほど働いて、いざ現実を見つめようと襟を正してみても、想像するための手がかりさえ持っていない自分の空虚さを知るばかりで、ほんの少しの甘えで、今日も現実逃避に耽る。 健康で未来があり、今もこうして文章を書いたり、読んだりできている我々でさえ、あまりのよるべなさに震えるなか、それでもどんなものを手繰り寄せれば生きていけるだろう。私たちが見るべき作品がひとつ、ここにある。それは、実在したひとりの女性の人生から着想を得てつくられた『あんのこと』だ。