「カーボンニュートラル」と「脱炭素」の違いは? 温暖化対策のキーワードを整理してみた
菅義偉前首相の「宣言」中のキーワードは同じ意味
Googleの日本語検索をさらに見ていくと、2017年12月に脱炭素が瞬間的に突出している。これは、NHKで「“脱炭素革命”の衝撃」というタイトルの特番が放送された影響とみられる。ただし、大きなトレンドにはならずに、その後数年はいずれの語も低調に推移していた。ところが2020年になって脱炭素とカーボンニュートラルの検索数が急上昇する。この年の10月に臨時国会で当時の菅義偉首相が「我が国は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」「脱炭素社会の実現に向けて、(中略)総力を挙げて取り組む」と述べた。2つの用語の検索数急上昇はその影響と考えて間違いないだろう。 なお、この菅首相の所信表明演説時を含めたカーボンニュートラルと脱炭素という両キーワードの違いの有無について、環境省の地球環境局地球温暖化対策課に問い合わせたところ、次のような回答があった。 「脱炭素はカーボンニュートラルを分かりやすく日本語に置き換えたもの。カーボンニュートラルが実現された社会が脱炭素社会」 つまり、国の公式見解としては、両者は「同じ意味」という扱いのようだ。 しかし、カーボンニュートラルという言葉について、江守さんは「当初『バイオマス燃料はカーボンニュートラルになる』など、科学的な専門用語として使われていた」と説明する。このことと環境省の回答を重ね合わせて考えると、限定的な使われ方をしていた専門用語が、パリ協定を経て国や企業の取り組むべき目標や行動を指す言葉に変化していったと考えられる。 「ただし、ここで気をつけなければならないことがある」と江守さんは指摘する。それは「世界全体で減らすべき温室効果ガスが、『カーボン』という言葉で表されるCO2だけではないこと」だという。
温室効果ガス全体なら「クライメイト・ニュートラル」
同様の指摘は、気候変動に関する法政策などを研究する東京大学未来ビジョン研究センター教授の高村ゆかりさんからもあった。 高村さんによれば、日本政府が「カーボンニュートラル宣言」をしたときも、海外から「(削減を目指すのは)CO2だけなのか、温室効果ガス全体なのか」と問われたという。 温室効果ガスはCO2のほかにもメタン、一酸化二窒素、そしてハロカーボン類(フロンガス)があると環境省も定義している。だから本来は温室効果ガス全体の削減が目指されるのだが、「カーボン」とうたうことでCO2だけに偏ってしまう印象を受ける。英語ではこのような誤解を生じさせないように「クライメイト・ニュートラル」の言葉が使われると、高村さんも江守さんも口をそろえる。直訳すれば「気候中立」。温室効果ガス全体の排出と吸収を実質ゼロにすることだ。 「ただ、そうした言葉の問題は本質的ではない」と高村さんはいう。 「問題は、人為起源のCO2がこれまでに約89億トンも排出され、陸上の植物や海洋に吸収されたとしても約40億トンも大気中にたまってしまっていること。そのため、人為的なCO2の排出を圧倒的に削減しないといけない」 「カーボンネガティブ」という言葉もある。CO2の排出を徹底的に削減し、むしろ「差し引きでマイナス」にするほどの取り組みだ。マイクロソフトやアップルなどのグローバル企業のほか、花王などの日本企業もこうした目標を掲げて取り組みを推進している。高村さんは次のように語る。 「CO2排出削減については、もう差し引きをトントン(ニュートラル)にするだけでは足りず、極力ゼロ、できればマイナスにする高い目標が必要なんだという意味合いを理解して、自分たちは何をすべきかを認識することが大切」 他方、温暖化対策については現在、国・企業の取引や投資の評価材料に使われる側面が大きくなり、CO2の排出量をより厳密に、より広範囲に計算しようという動きも盛んになっている。「SBT(サイエンス・ベースド・ターゲット)」や、それに伴う「スコープ1~3」といった算定手法だ。国の内外や商品の製造と物流、廃棄までのどの範囲でCO2を算定するかによって、個々の取り組みは変わってくる。 江守さんは「ビジネスなどの厳密な話では、どこの『スコープ』のことなのかなどを毎回確認する必要も出てくる」と念を押す。一つ一つの言葉の意味や背景は、できるだけ正確に知っておいて損はないと言えそうだ。 (関口威人/nameken)