「お金は社会に還元して死ぬ」――「暴走族」安藤忠雄79歳、規格外の人生
「子どもの時に、もっと本を読んでおけばよかった。10代の後悔です。例えば、今、夏目漱石の『坊っちゃん』を読みながら、構想力、内容の深さに考えさせられるわけですが、つくづく『この本ともっと若い頃に出会えていれば』と」 安藤は今も日々、多くの本を読む。地下2階、地上5階からなる安藤の事務所は、壁面を本が埋め尽くす。図書館を手掛けた背景には、子どもたちへの思いがある。 「今の問題は『過保護』です。子ども中心の核家族で、子どもの言いなりじゃないですか。その子が大きくなった時、たくましく育った世界の人たちと対抗できますか。壁を乗り越える心の強さ、知的体力を鍛えなきゃいけない」
「こども本の森 中之島」の入り口には、青いりんごのオブジェが設置されている。安藤が米国の詩人サミュエル・ウルマンの「青春」の詩から着想したものだ。詩には「青春とは人生のある期間ではない。心のありようなのだ」「希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる」と綴られている。「目指すは甘く実った赤りんごではない、未熟で酸っぱくとも明日への希望に満ち溢れた青りんごの精神」と安藤は言葉を寄せた。 「今は人生100年といわれる時代。最後まで青春を生きたい。そのためには、好奇心と生きる力。生きる力は知的体力。30代、40代は、やけくそでいかないと。うまくいかなかったらやり直したらいい。挑戦を重ねるなかで道が開けてくる。事務所のシニアスタッフにも言ってるんです。50になって設計事務所を始めても、まだ30年ある。気持ち次第で、これから先、いくらでも、誰にでもチャンスはあるんだと」
建築を通して何ができるのか。建築の道を歩み出してから、自身に問い続けてきた。 「建築というのは、人が集まって、それぞれの人生や未来を語り合う場所なんです。人と人が交わった、その時間の風景を、心の中に残す。建築は、人の心の中に住み着いていくべきものなんです。そんな記憶の積み重ねの上に、新しい世界が拓かれていく。私がつくりたいと思うのは『世界に冠たる建築』といったものではないですよ。人々が心からよかったなと、静かに記憶に残っていくような建築をつくりたい」 闘う人生を通して、気付いたことがある。 「人生は、一つの道に賭けて突き進みつつ、いつも周囲、社会を見渡す目を忘れなければ、面白いことがいっぱいある。自分次第で、可能性はいくらでも見つかるんです」 「RED Chair」では椅子に揮毫(きごう)してもらう。「建築の原点は○□の幾何学だということもできます。○と□は、一番単純で力強いがゆえに、一番扱いが難しい。そこに挑戦するなかで、自分の可能性を見つけたい。最近も、フランス・パリのルーブル美術館近くに『ブース・デ・コマース』という○型の美術館をつくりました。今年6月にオープン予定でしたが、コロナの影響で来年3月に延期。よくも悪くも、地球は一つなんですよね。それぞれの国がバラバラでは、コロナ禍は終わらない。新しい美術館の登場が、みんなで共に生きていく時代の宣言になればとも思います」 安藤忠雄(あんどう・ただお) 1941年、大阪府生まれ。代表作に「住吉の長屋」「光の教会」「淡路夢舞台」「FABRICA(ベネトン・アートスクール)」「フォートワース現代美術館」「東急東横線渋谷駅」など。イエール大学、コロンビア大学、ハーバード大学の客員教授を務める。97年から東京大学教授、2003年から同大学名誉教授、05年から特別栄誉教授。日本芸術院賞、プリツカー賞、国際建築家連合(UIA)ゴールドメダルなど受賞多数。著書に『建築を語る』『連戦連敗』など。9月、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトで、東京都渋谷区の神宮通公園に公共トイレを設計した。 【RED Chair】 ひとりの人生を紐解く『RED Chair』。先駆者、挑戦者、変革者など、新しい価値を創造してきた人たちの生き方に迫ります。