その「ストレス」使い方が違います―つらいストレス関連症状は漢方薬で緩和の可能性
現代社会に生きる人間は、仕事や学校、家庭などでさまざまな「ストレス」にさらされているといわれる。言葉の正しい意味は本文に譲るとして、ストレスは時に心も体もむしばみ、頭痛や倦怠感(けんたいかん)、不眠など多様な症状を引き起こす。そうした心身のつらい症状は、漢方薬で緩和できるかもしれない。東北医科薬科大学精神科学教室教授で日本東洋医学会認定漢方専門医・指導医でもある山田和男先生に、そもそもストレスとはどういうものか、漢方薬はどう効くかなどについて聞いた。
◇ストレス要因で再燃した頭痛、漢方薬で抑制
痛み止めの使用過多で片頭痛が慢性化し、通学に困難をきたした学生の患者さんがいました。私は頭痛専門医(日本頭痛学会認定)でもあり、診察して「抗CGRP抗体」という片頭痛予防薬を投与した結果、通学は可能になるまで回復。ところが、試験や気が進まないイベントなどがあると頭痛が出て学校に行けません。現状でもっとも効果が期待できる予防薬も効かないので「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」という漢方薬を追加したところ、いやなことがあっても頭痛が起こらず登校できるようになったのです。 この患者さんはもともとあった片頭痛という病気を予防薬で抑えていたものの、学校があまり好きではないことから気が進まないイベントなどのストレス要因が引き金となって症状が再燃していました。体質と症状に合った漢方薬を処方することで、ストレス要因で起こる症状を緩和することができたのです。
◇多くの人が間違っている「ストレス」の意味
「ストレスで胃が痛む」などと言いますが、これは「ストレス」という言葉の誤った使い方です。 ストレスとはもともと「ひずみ」という意味の理工学用語で、医学・生物学でも使われるようになりました。「生体にひずみを生じさせるもの=ストレッサー(ストレス要因)と、それに対する生体の防御反応」の総称が「ストレス」の正しい意味です。我々の生体にひずみを生じさせるストレッサーとは、「ホメオスタシス(恒常性)」を乱すものであり、物理的、化学的、生物学的なものもあります。ただ、おそらく多くの方が気にしているのは人間関係や過重労働といった精神的な要因、すなわち「心理・社会的ストレッサー」でしょう。 ストレッサーによって神経症状や身体症状が起きるメカニズムを、我々精神科医は▽神経系▽内分泌系▽免疫系――の3つの要素から考えます。 ストレッサーによる神経系の変化は、自律神経のうち交感神経が副交感神経よりも優位に働くようになることです。それによって頭痛やめまい、疲労感、不眠、動悸、息切れ、便秘、下痢などの身体症状が現れ、それらを通称「自律神経症状」と呼んでいます。 内分泌系で起こる変化には2つの系統があります。1つはカテコールアミンとよばれる種類のホルモンで、具体的にはアドレナリンやノルアドレナリンなどの分泌が増え、それによって心拍数や血圧、体温などの上昇が起こります。もう1つはコルチゾールと呼ばれるホルモンが上がります。その作用として血糖値や血圧の上昇、胃潰瘍の原因となる胃酸の分泌促進、神経興奮、抗炎症作用などが起こります。 免疫系に関しては「サイトカイン」が増加します。インターロイキンやインターフェロン、腫瘍壊死因子(TNF)など、免疫細胞から分泌されるタンパク質の総称で、増加することで発熱、全身倦怠感、頭痛など自律神経症状に近いさまざまな症状が現れます。 なぜ、このような反応が起こるのでしょうか。 たとえばウイルスや細菌に感染する(=生物学的ストレッサーを受ける)と、体が“臨戦態勢”になります。交感神経のはたらきを高めることで免疫機能の向上や体温の上昇など、体内に入った病原体と戦うためのさまざまな反応が起こります。また、人類の祖先がアフリカの草原で生活していた時代は、ライオンなどの野生動物にいつ襲われるか分からないような状況に置かれていました。敵との遭遇は心理・社会的ストレッサーであり、「闘争・逃走反応」が起こります。心拍数を上げ呼吸を浅く早くしたほうが戦うにも逃げるにも有利になります。 ストレッサーに対して太古からある体内のシステムが動き出し、それらは本来自らを守るための反応だったわけですが、現代社会で生きる人間には不快な症状として現れることがあるのです。