ダークエネルギーもダークマターも一挙に解明?「タイムスケープ宇宙論」とはなんだ
■ タイムスケープ宇宙論とは さて2024年12月19日、ニュージーランド・カンタベリー大の大学院生アントニア・セイファート氏らの研究グループは、これまでのIa型超新星のデータを調べ直した結果を発表しました(※1)。 Ia型超新星のデータは、そもそも1990年代に宇宙の加速膨張という結論を導くのに使われたものです。現在では超新星のサンプルはさらに増えています。 セイファート氏らは超新星データを説明するモデルとして、フリードマン方程式の単純な解ではなく、「タイムスケープモデル」というカッコいい名前のモデルを使いました。 タイムスケープモデルとは、ざっくりいうと、宇宙には物質が均等に散らばっているのではなく、濃いところと薄いところがある、というモデルです。そして私たちの住む天の川銀河は物質の濃いところにあります。物質の濃いところは重力源なので、私たちは重力源にいて、そこから宇宙を観測していることになります。 そして一般相対性理論によると、重力源(の近く)では、時間がゆっくり流れ、宇宙膨張にもムラが生じます。また重力源から離れた、物質の薄いところで発せられた光は、重力源の近くの観測者にとっては、波長が短く、振動数が高く観測されます。 セイファート氏らの見積もりだと、この効果は結構大きく、超新星のデータをうまく説明できるといいます。宇宙が加速膨張していないと仮定しても、物質のムラだけで、観測と合うというのです。 そればかりではありません。宇宙にはダークエネルギーの他、「ダークマター」と呼ばれるこれまた正体不明の何かが大量にあることが知られていて、天文研究者の100年来の悩み(と飯)の種となっています。タイムスケープモデルは一石二鳥でダークマター問題も解決する可能性があるといいます。
■ なんだかうまくいったのか? 現在広く受け入れられている「標準宇宙論」は、この宇宙が一様で、私たちは(宇宙の中心のような)特別なところにいる観測者ではないと仮定しています。宇宙論の方程式を簡単にするための仮定です。 タイムスケープ宇宙論は、宇宙に存在する物質にムラがあるとすることで、宇宙は一様という仮定を放棄するものです。私たちは物質の濃いところ(重力源の近く)という特別なところにいる観測者ということになります。 タイムスケープ宇宙論という発明を、地球が太陽を周回しているのだと見抜いたコペルニクスになぞらえて、コペルニクス的転換と呼ぶ人もいます。(しかし筆者の私見では、コペルニクスはここが宇宙の特別なところではないと述べたのに対し、タイムスケープ宇宙論はここが宇宙の特別なところだと主張するので、むしろ反コペルニクス的ではないかという気がします。) さて、この新しい宇宙論は正しいのでしょうか。30年にわたって研究者を悩まし、ノーベル賞も出たダークエネルギーは、結局壮大な虚構だったのでしょうか。理論屋も実験屋も素粒子物理学者も夢から醒めて、ダークエネルギーのないまっとうな学問に立ち返るのでしょうか。 それともタイムスケープモデルもまた、ついにダークエネルギー問題を解決したと主張した数多くの試みと同じく、失敗に終わるのでしょうか。 タイムスケープ宇宙論と標準宇宙論のどちらが正しいのかは、どちらが観測データをよりうまく説明するかによって決まります。ただしタイムスケープ宇宙論の方は、物質にどれほどムラがあるのか、天の川銀河はどのあたりに位置するのかといった、自由に調整できるパラメータが多いので、その点を考慮して比べないといけません。セイファート氏らによると、その点を考慮しても、若干タイムスケープ宇宙論の方がIa型超新星のデータに合っているとのことです。 宇宙の加速膨張はIa型超新星のみによって結論されたわけではなく、他の観測データからも支持されると考えられています。タイムスケープ宇宙論を証明するには、他の観測データをも説明する必要があるでしょう。 まだまだ越えるべきハードルは多いですが、タイムスケープ宇宙論の今後の展開に期待です。 ※1:Antonia Seifert, et al., “Supernovae evidence for foundational change to cosmological models,” MNRAS Lett., Vol. 537, Issue 1, L55.
小谷 太郎