小保方晴子氏が手記出版 混濁する真相 「STAPあります」は撤回せず
若山氏にとって「立場が悪くなる」記述
しかし、小保方氏の認識が正確ではなくでも同情の余地はあります。この手記によれば、マスコミによる強引な取材や取材依頼、一般人からの嫌がらせなどはきわめて多く、小保方氏はそのストレスのために体調を崩し続け、自殺を考えることもあったようです。被害者意識が必要以上に強くなってもおかしくはないでしょう。 小保方氏は何人かの記者を名指しで批判しています。とくに毎日新聞の須田桃子記者については「取材攻勢は殺意すら感じさせるものがあった。脅迫のようなメールが「取材」名目でやって来る」とまで述べています(183頁)。須田記者は、近い職業である筆者から見ると、取材熱心で優秀な新聞記者のように思えますが、取材されるほうは異なる印象を持つこともありうるでしょう。しかし須田記者の著書『捏造の科学者』(文藝春秋)を読めばすぐにわかることですが、須田記者が追究していたのは、小保方氏その人というよりは理研の運営体制の問題です。また小保方氏に同情の余地はありますが、論文の著者としての責任もあるはずです。 そしてSTAP細胞問題は科学の問題です。科学者として発言したいことがあるのならば、一般読者に、しかも有料の書籍で述べるのではなく、科学コミュニティに向けて発言すべきではないでしょうか……と、筆者は言いたいところなのですが、小保方氏は心身ともによくない状態が続いているといいます。ならば、体調の回復と社会復帰を優先すべきかもしれません。それこそ、手記を書くことなどよりも。 一方で、理研はこの手記の出版について、コメントする立場にはない、と述べています。しかし、小保方氏と若山氏がともに理研に所属していたときの出来事が書かれているのですから、その判断は理解に苦しみます。 また、このままでは若山氏の立場がきわめて悪いことも確かです。 理研がこの研究不正に対して初動でより適切な態度で対処していれば、事態の収束はもっと早く、真相もいまよりはクリアになっていたかもしれません。この手記は、真相をより混濁させています。しかしが、その責任は理研を含む科学コミュニティにもあります。
■粥川準二(かゆかわじゅんじ) 編集者を経てフリーランスのサイエンスライター・翻訳者に。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、明治学院大学など非常勤講師。博士(社会学)