小保方晴子氏が手記出版 混濁する真相 「STAPあります」は撤回せず
「STAP細胞はあります」は撤回されていない
読者のなかには、専門的な科学的事実にはあまり興味がなく、飛ばして読む人もいるでしょう。そしてそのように読み、小保方氏の言葉を文字通り信じてしまえば、彼女は若山氏に裏切られ、はめられたのであり、一連の騒動の責任も若山氏にある、というストーリーが浮かび上がります。たとえば、「理研に保存されているはずの凍結細胞サンプルが山梨で解析されたという報道から、私はこの時、初めて若山先生が冷凍庫内の私の名前が書いてあるサンプルボックスから、凍結保存されていた細胞サンプルを抜き取って山梨に持って行ったことを知った」(154頁)。「はじめに」に若山氏への感謝はありません。 しかし――STAP細胞問題を知るために、この本だけを読み、小保方氏の言い分だけを信じることは賢明ではありません。 この本に書かれている「騒動の真相」には、筆者には検証不可能なことも数多くあります。しかしながら筆者が理解できる範囲でも、気になる点が数多くあります。 たとえば小保方氏は、2014年4月9日の会見で、自分はSTAP細胞を200回つくった、と発言しました。そのことに対して、それはOct4という遺伝子の発現を示す発光現象を見ただけであって、多能性を確認するテラトーマ実験やキメラマウス作成に成功したわけではない、という批判が相次ぎました。このことについて小保方氏は「Oct4陽性の細胞隗を作成したところまで」をSTAP細胞ができたことの根拠であるという、当時のコメントを繰り返しています。ようするに「STAP」の定義が異なるということです。小保方氏は会見で有名になった「STAP細胞はあります」という言葉を撤回していないのです。 しかし、「STAP細胞」という言葉は、日本語では「刺激惹起性多能性獲得細胞」というように、その定義には「多能性獲得」が含まれており、いくらOct4が多能性を示すマーカーだとしても、テラトーマやキメラで実際に多能性を確認するまでは「多能性獲得細胞」とはいえないでしょう。 100歩譲って「STAP」の定義を小保方氏のものに限定したとしても、2014年12月19日付で結果がまとめられた、理研による「STAP現象の検証」(いわゆる再現実験)では、Oct4の発現を示す発光現象を、細胞が死ぬときに見られる「自家蛍光」と区別して確認することはできなかったとされました。責任者であり共著者でもある丹羽仁史氏の実験でも、そして小保方氏自身の実験でも、です。 また2015年11月には、世界各国の研究室7カ所が同様の再現実験を試みたところ、自家蛍光以外は見られなかったことを確認し、『ネイチャー』の「BREIEF COMMUNICATIONS ARISING」というコーナーで発表しています(Nature 525(7570):E6-9, 2015)。