日本の人文学につきまといがちな精神論から吹っ切れた爽快さ―阿部 幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』沼野 充義による書評
人文系の論文・レポートの書き方を指南するマニュアル本である。主な対象は学生・大学院生、さらには駆け出しの研究者といったところだろうか。そのような本をあえてここに取り上げるのは、より広範な読者にとって有用な内容が含まれていると判断したからだ。 「まったく新しい」とは惹句にしてもずいぶん威勢がいいが、その意気やよし。著者はアメリカで博士号を取得、学会誌にばりばり論文を書き続ける少壮気鋭の研究者である。従来の類書の多くが、上から目線で年長の権威者が規則を一方的に伝授するスタイルだったのに対して、本書は、ちょっと年上の頼りになる「兄貴分」が一緒にトレーニングしてくれる、といった風だ。 価値ある「主張」の作り方、「段落」の構成法など、本書の大部分はアメリカ仕込みの実用的テクニックに関わるもので、日本の人文学につきまといがちな精神論から吹っ切れた爽快さがある。しかし、本書の最後では、人文学は何のために必要なのか、そもそもそれは人生とどう結びつくのか、といった根本問題が堂々と展開され、本書の射程の予想外の大きさを示している。 [書き手] 沼野 充義 1954年東京生まれ。東京大学卒、ハーバード大学スラヴ語学文学科に学ぶ。2020年7月現在、名古屋外国語大副学長。2002年、『徹夜の塊 亡命文学論』(作品社)でサントリー学芸賞、2004年、『ユートピア文学論』(作品社)で読売文学賞評論・伝記賞を受賞。著書に『屋根の上のバイリンガル』(白水社)、『ユートピアへの手紙』(河出書房新社)、訳書に『賜物』(河出書房新社)、『ナボコフ全短篇』(共訳、作品社)、スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会)、シンボルスカ『終わりと始まり』(未知谷)など。 [書籍情報]『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』 著者:阿部幸大 / 出版社:光文社 / 発売日:2024年07月24日 / ISBN:4334103804 毎日新聞 2024年8月24日掲載
沼野 充義
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