人は1万年前ネコを手なずけた?最新研究にみるイエネコ家畜化起源の謎(上)
遺伝子情報にもとづくイエネコ起源の年代
イエネコの起源は「約10000年前」という推定値が今回の研究では発表されている。吾輩の知る限り、これは(幸いなことに)長い氷河期が続いた「更新世(Pleistocene)」が終わり、現代を含む地質年代に当たる「完新世(Holocene)」がちょうどはじまったばかりの頃だ。考古学上の新石器時代から青銅器時代(及び鉄器時代)に移行する時期にあたる。マンモスもまだ 世界各地に生きていた時代だ。我々現在の猫が生活する風景とはかなり趣を異にし、はっきり「過酷な時代だった」と呼ぶ吾輩の友人(=ネコ)もいる。 この10000年前という数値だが、mDNA(=遺伝子の一部)をもとにした「分子時計(Molecular clock)」といわれる手法によって推定されている。大まかにいうと時代の経過とともに起こると考えられるmDNA塩基配列の変化、そして(各個体間・種間における配列の)並び方のパターンに基づいたデータによる。こうしたデータをもとに具体的にどの時代に進化上の枝分かれ(分岐)が起きたのかを、コンピューターによって算出するテクニックだ。 今回の研究に使われたサンプルは、最も古いものが9000年前のネコの個体からだ。しかし分子時計の手法はイエネコと近縁の種及び亜種が、進化上いつ頃枝分かれ(分岐)したか、具体的な数字を導いてくれる。そのため「約一万年前」という推定値が今回算出されている。 分子時計の手法は、世界各地の猫の遺伝子データを分析することで、具体的に「何処」からイエネコが派生したのか、その「起源の場所」に関するアイデアも、仮説として導いてくれる。 しかし、人間たちは何ともまわりくどい方法を好むようだ。吾輩の得意技であるヒゲ感(直感とも呼ばれる)を用いれば、ほぼ瞬時に費用もかけず、こうした年代など導き出せるものだ。そしてこの分子時計によって算出された年代は、必ずしも真実というわけではないとことを、吾輩はここで強調しておきたい。使用する計算方法(モデル)や使用するデータの組み合わせで、こうした数字に誤差が生じる可能性があるからだ。10000年前という年代は、真実というわけではない。(非常に)限られたデータをもとにした、あくまで可能な限りベストな推定値にすぎない。 例えば2007年に発表されたネコ起源に関する、当時としては画期的な研究は、 「約13100 年前」という数字を発表している(Driscoll等2007 )。(注:後述するように分類学上のイエネコの定義と、様々な近縁種・亜種の解釈によって、算出される年代の推定値に違いも出てくる。)この研究データは、世界中に分布する現在の979匹のイエネコや野生のネコ種・亜種の個体から集められたmDNAのデータをもとにしている。しかし遺跡地などで見つかった昔のネコのサンプル(=太古DNAのデータ)は含まれていない。 ー Driscoll, C. A., et al. (2007). "The Near Eastern Origin of Cat Domestication." Science 317(5837): 519. このデータにおけるタイプの違いが、冒頭に取り上げた2017年の研究の目玉といえるだろう。さて二つの異なる研究結果が2007年と2017年の論文において提案されているが、どちらがより真相 ── 吾輩の先祖に当たる「ネコの起源」 ── に近いのだろうか? こうした判断は研究者やその道の識者、またはこの記事を読んでいる読者の方がそれぞれに下していいものだ。こうした意見の食い違いは、こと複雑な自然現象におけるサイエンス研究においては、つきものといえる。(あまりにはっきりとしている事象なら、わざわざ時間と労力と経費をかけて、研究など行う必要もないだろう。)