泥沼化も? 波乱含みの米大統領選 5つの注目点
(4)注目されるテレビ討論会
個々の争点も重要だが、今年の選挙を考える上でどうしても新型コロナウイルス禍の話は避けて通れない。自由な経済活動を優先するトランプ氏に対し、バイデン氏は「マスク着用の徹底」などの対策を訴える。難しいかもしれないが、もしうまく選挙までにめどが立てばトランプ氏に追い風になるだろう。さらにコロナ禍は大統領選挙の展開方法も大きく変えている。選挙に各種政治イベントは欠かせないが、そのイベントが感染源となりかねないため、選挙戦そのものが今年はオンライン中心となっている。オンラインによる選挙集会だけでなく、アメリカの選挙の風物詩でもある広範な選挙ボランティアの活動は、今年はオンラインか電話による投票呼びかけになっている。 ただ、9月末から10月にかけて計3回予定されている候補者テレビ討論会は、会場に観客は入れないものの、例外的な候補者同士の直接対決となる。トランプ氏としてはこの討論会を「逆転の最大のチャンス」と考えているとみられる。どちらも饒舌なタイプだが、それでもバイデン氏の方は加齢もあり、かつての「猛犬」的な言葉の連射ができなくなっている。バイデン氏がうまく対応できないとトランプ氏は踏んでおり、スキャンダルも持ち出してさまざまな形で揺さぶりをかけてくるであろう。息子のハンター氏の中国政府との密接な関連なども問いただすとみられている。 一方で、バイデン氏が討論会でうまく切り抜けると「バイデン氏でも悪くないのではないか」という雰囲気も出てくる。まずは、9月29日の第1回討論会に大きな注目が集まっている。
(5)コロナ禍で増える郵便投票
コロナ禍の中での選挙であるため、期日前の実際の投票だけでなく、郵便投票も増えるのは確実とみられている。今のところ、5州が完全に郵便投票に切り替えているほか、どちらかを有権者が選択できる州も多いため、まだ確定的なことは何も言えないが、一説に全体の5分の1程度、場合によってはそれ以上が郵便による投票になる可能性がある。 郵便投票で投票のハードルが低くなるのが、「火曜日に休めない」層であり、中低所得者、特に人種マイノリティが多くなるという見方もある。そうなると民主党の支持層と重なるため、トランプ大統領としては何としても郵便投票の数を少なくさせたいという姿勢を明確にしている。ただ、高齢者には共和党の支持層もいるほか、「火曜日に休めない」白人ブルーカラー層も多いため、一概にはどちらに有利かは分かりにくい。 今後トランプ大統領の姿勢の変化や郵便投票を踏まえた郵政公社への予算支出の動向なども選挙戦に大きく影響するであろう。 郵便投票については投票日に到着という州が多く、中には投票日の消印有効としている州もある。そのため、結果は二転三転するかもしれない。もし郵便投票に民主党支持者が多い場合、通常の投票ではトランプ氏が圧倒しているようにみえながら、郵便投票の開票が進むとバイデン票が増えていくような展開もあるかもしれない。もしそこでバイデン氏が「逆転」していくとしたら、郵便投票を「不正の温床」とするトランプ氏にとっては耐えられない展開である。 不正や集計ミスなどがあった場合、どちらも勝利を主張し、最終的には司法での争いになるかもしれない。ブッシュ(子)氏とゴア氏が戦って、やはり司法の裁定となった2000年選挙では最高裁判決は12月の選挙人投票の直前となった。今年の場合、司法が選挙人投票(今回は12月14日)までに決めれば、問題はないのだが、そもそも郵便投票というハードルで開票が遅くなるとしたら、それまでにうまく決まるのか。判決が選挙人投票に間に合った場合でも、トランプ氏が負けた時にホワイトハウスから去るのか。それを熱烈な支持者が許すのか。バイデン氏が負けた時、民主党支持者が納得するのか。いずれにしろ大きな禍根が残る。 私自身、長年、アメリカ大統領選挙を見続けてきたが、こんなに不安だらけの選挙は見たこともない。どんな結末が待っているのだろうか。 -------------------------------------------- ■前嶋和弘(まえしま・かずひろ) 上智大学総合グローバル学部教授。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)など