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ハイアットグループで初めて行われる料理コンクールに注目せざるをえない理由

東龍グルメジャーナリスト
優勝者 杉崎智也氏のメイン(ハイアット提供)

ハイアットグループの料理コンクール

先日グランド ハイアット 東京の宴会場「レジデンス バジル」で「THE GOOD TASTE SERIES 2017」のREGIONAL SEMI-FINALが行われました。

REGIONAL SEMI-FINALは以下6地区で行われ、それぞれの優勝者が、2017年10月30日に行われるREGIONAL FINALであるアジア太平洋地区大会に出場します。

  • 香港・マカオ・台湾・フィリピン地区(香港)
  • 中国地区(上海)
  • 東南アジア(シンガポール)
  • オーストラリア(メルボルン)
  • 韓国(ソウル)
  • 日本・ミクロネシア地区(東京)

※()内は開催地

グランド ハイアット 東京では「日本・ミクロネシア地区」のREGIONAL SEMI-FINALが行われ、出場者11人の中からパーク ハイアット 東京「ニューヨーク グリル&バー」の杉崎智也氏が見事優勝しました。

杉崎氏はアジア太平洋地区大会に出場することになりますが、ここで選出された上位2人が、ハイアットグループの本拠地であるアメリカのシカゴで行われる来年2018年1月の本大会に出場できます。

レギュレーション

出場者と阿部博秀氏、オペレーション総括担当を務めるパーク ハイアット 東京の総料理長トーマス アンゲラー氏(著者撮影)
出場者と阿部博秀氏、オペレーション総括担当を務めるパーク ハイアット 東京の総料理長トーマス アンゲラー氏(著者撮影)

「THE GOOD TASTE SERIES 2017」はどういった料理コンクールなのか、大会概要について紹介しましょう。

まず参加資格や流れはこちら。

  • 参加資格

総料理長、副総料理長以外

  • 流れ

レシピ作成1時間、調理3時間

採点基準は味と表現力から構成されています。

  • 4つの基本の味覚のバランスが取れている。
  • それぞれの味覚が調和している。際立って突出している味覚がない。
  • 味付けが適切である。
  • 一皿の料理のそれぞれの風味が互いに邪魔をしていない。
  • 食材を的確に調理している。
  • 温かい料理は温かい状態で、冷たい料理は冷たい状態で提供されている。

表現力

  • 審査員は創造性と革新を表す視覚的に魅力的なレゼンテーションを見出す。
  • 強烈な視覚的インパクトと、色彩の調和がとれている。
  • 皿のアレンジは実質的かつ魅力的であり、現行の業界のトレンドに応じている。

先の審査項目をもとにして、具体的に以下のように採点します。

  • 前菜

盛り付け(1~10点)、味(1~10点)

  • メイン

盛り付け(1~10点)、味(1~10点)

  • 合計点数

40点

審査員は以下の5名です。

  • キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロの料理長 ギヨーム・ブラカヴァル氏
  • The Japan Times フードライター ロビー・スウィナトン氏
  • ELLE gourmet 副編集長 望月貴史氏
  • ELLE gourmet シニアエディター 山口繭子氏
  • 日本ハイアット 代表取締役 阿部博秀氏

5人の審査員による試食や審査が30~40分行われた結果、審査委員一致の評価で杉崎氏が優勝に至りました。

他のホテルとは異なる特徴

私はプリンスホテルやIHG・ANA・ホテルズグループジャパン、阪急阪神第一ホテルグループなど、ホテルの料理コンクールの審査員を務めたことがあり、以下のように審査員を務めた料理コンクールの記事も書いたことがあります。

私の経験から鑑みて、「THE GOOD TASTE SERIES 2017」には、いくつかの注目するべき点があると考えています。

メディア審査員

1人ずつ自分の料理を持って料理ブースへ(著者撮影)
1人ずつ自分の料理を持って料理ブースへ(著者撮影)

審査員に「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」料理長のギヨーム・ブラカヴァル氏や日本ハイアット 代表取締役 阿部博秀氏が名を連ねていますが、こういったホテルの料理コンクールでは、役員や総料理長、料理長以上のポジションを担う料理人が審査員を務めることは普通です。

しかし、彼らだけではなく、「The Japan Times」フードライターのロビー・スウィナトン氏、「ELLE gourmet」の望月貴史氏と山口繭子氏が審査員に加わっているのは注目するべきことです。グルメ情報に定評のある「ELLE gourmet」や海外に発信力がある「The Japan Times」を巻き込んだことは素晴らしいことであると思います。

ホテルの料理コンクールで、第1回目からメディアを加えて審査を行うことはめったにありません。ホテルの料理コンクールは通常、技術を競う場と位置付けられており、人事部が主導で行っているため、非常に地味なものになっているからです。また、審査に関連するのは調理技術のみであり、メディアに公開できるほど華やかなものでもありません。

「THE GOOD TASTE SERIES 2017」は最初から審査員にメディアを加え、授賞式では出場者が1人ずつ自分の料理を携えてオープンキッチンから自身の料理ブースへ向かうなど、メディア映えする演出に紡ぎ上げていました。

最初から、料理の腕だけではなくメディア受けする次世代の料理人を育成しようとする意志が垣間見られるのは、ホテルの料理コンクールでは極めて稀です。

ミステリーボックス

優勝者 杉崎智也氏の前菜(ハイアット提供)
優勝者 杉崎智也氏の前菜(ハイアット提供)

大会当日に発表されたミステリーボックスも、ホテルの料理コンクールについては、非常に珍しいことでした。

このミステリーボックスとは、コンクール直前に出場者に知らされる、使用しなければならない課題の食材が入れられた箱のことです。今回ミステリーボックスに入れられていたのは、サーモン、アボカド、里芋、フェンネル、オーストラリア産牛のランプ肉でした。

ホテルの料理コンクールでは通常、直前まで課題が分からないということはありません。その理由は、同じホテル内の仲間に対する審査なので心情的に出場者寄りであること、オペレーションをスムーズにして順調に進められるようにすること、メディア受けする演出が必要ないことなどが挙げられます。

しかし、「THE GOOD TASTE SERIES 2017」では、ホテルの料理コンクールであるにも関わらず、ミステリーボックスという非予定調和の要素を組み込み、しかも、審査員にもミステリーボックスの中身は事前に知らされていませんでした。

まさにエンタテインメント性に溢れる料理コンクールであったと言えるでしょう。

改善した方がよいと思われる点

非常に華々しいホテルの料理コンクールなので、これからが楽しみです。ただ、いくつか改善した方がよいと思われる点もあります。

採点項目

点数によって順位を決定していますが、採点対象は前菜とメインにおける、それぞれの味と表現力だけとなっています。せっかく、メディア審査員を招聘し、レセプションも華やかなものにしているのであれば、料理の味と見た目のみを審査する旧来の方法ではなく、出場者によるプレゼンテーションも審査対象にするなどした方が、よりよかったのではないでしょうか。

今の時代では、料理人は料理を作るだけではなく、料理のコンセプトやストーリーを説明したり、メディア向けのキーワードを考えたりと、多方面でのプロデュース能力も必要となっています。いくら味と表現力がよくても、説明することが面倒であったり、プレゼンテーションが苦手であったりする料理人が優勝したのでは、メディア審査員を加えている意味が薄れてしまいます。

1ホテル1人

料理コンクールの規模感や使用できるキッチンの広さ、審査員の負担などを考慮した結果、1ホテル1人だけ出場できることになりました。

しかし、ハイアットグループには様々なブランドがあり、性格が全く異なります。例えば、会場となったグランド ハイアット 東京には多くの料飲施設がありますが、パーク ハイアット 東京やアンダーズ東京といったホテルでは料飲施設が少ないです。

料飲施設の多寡は、料理人の人数の違いにそのままつながるだけに、大きなホテルでも小さなホテルでも1人しか出場できないとなると、不公平になります。才能ある料理人を発掘することが目的であれば、次からはこの制約を解除した方が好ましいのではないでしょうか。

メディア審査員の構成成

第1回目からメディア審査員を多数入れていることは先進性があって素晴らしいことです。ただ、メディア審査員に少し偏りがあるように感じられます。

例えば、同じ媒体からは1人だけとして、食関連の専門誌の編集者やフリーのジャーナリストも加えたりすれば、メディアからの視点もよりバランスがよくなるのではないでしょうか。

老婆心ながら述べておきたいことがあります。ホテルの料理コンクールはどこかとタイアップするのではなく、中立的ですが、特定メディアとの結びつきが強くなってしまうと、他のメディアが紹介しづらくなってしまうのではないか、ということです。

料理コンクールの意義

優勝者 杉崎智也氏のメイン(ハイアット提供)
優勝者 杉崎智也氏のメイン(ハイアット提供)

ハイアットグループには、グリル料理の先駆けとなった「ニューヨーク グリル」のパーク ハイアット 東京、ミシュランガイド2つ星を獲得し続ける「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」のハイアットリージェンシー 東京、「フレンチ キッチン」「オーク ドア」「チャイナルーム」「けやき坂」「フィオレンティーナ」といった多くの人気店を抱える「グランド ハイアット 東京」、クレイポット料理で知られる「アンダーズ タヴァン」のアンダーズ東京など、素晴らしいレストランを擁したホテルがたくさんあります。

しかしそれにも関わらず、これまでハイアットグループでは料理コンクールが行われていませんでした。私は不思議に思っていましたが、ハイアットグループは食に自信があるので、こういった料理コンクールに関心がないのか、もしくはあえて行う必要がないと考えているのかと、勝手に解釈していたのです。

開催した理由

では、ハイアットグループはどうして料理コンクールを開催するにしたのでしょうか。

実はハイアットグループでは、2015年から料理コンクールを行っていました。食でも評価の高いハイアットグループの強みを生かし、グループ一丸となって、その強みを向上させようとしたからです。

ただ、アジア太平洋地区ではまだ料理コンクールが行われていませんでした。しかし、食においても世界で注目されている日本を含むアジア太平洋地区でも、同様の試みを行っていかなければならないということで、大会が開催される運びとなったのです。

外に向けることが重要

料理コンクールは、料理長(シェフ)になるまでの道程が長い若手のモチベーションを維持すると共に、新たな才能の発掘も担っているので、非常に重要です。加えて最近では、プレゼンテーションを審査対象に加えることによって、料理人がプレゼンテーションに磨きをかけるようになったり、入賞者の料理がメディア映えするものとなったりするなど、大きな効果があります。

メディアもうまく巻き込んでいけば、入賞者や入賞料理がより注目されるようにもなるだけに、これからは、ホテルの料理コンクールは、閉鎖的にするのではなく、外に向けることを意識しなければなりません。換言すれば、料理コンクールを発信できるほどの価値あるものに紡ぎ上げていく必要があるのではないでしょうか。

ハイアットグループの料理コンクールは、第1回目から話題となっているだけに、今後の展開がますます楽しみであり、料理コンクールを開催することによって料飲施設の魅力がさらに底上げされることを期待しています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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