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報道ステーションが使った「アメリカ政府関係者」の怪

立岩陽一郎InFact編集長
テレビ朝日「報道ステーション」1月8日の画像から

1月8日、テレビ朝日の報道ステーションは米国による北朝鮮攻撃計画の内容を独自に入手したと報じた。それによると、米国は北朝鮮のミサイル発射施設などをピンポイントで攻撃する計画だという。従来、北朝鮮への先制攻撃は韓国、日本への反撃が不可避だとして米国政府も慎重になっていたとされる。しかし報道では、北朝鮮は反撃しないと米国政府は判断したという

番組では、ワシントン支局、ソウル支局とも結んで、特ダネとして報じている。確かに、これが本当であれば特ダネかもしれない。

しかし、気になるのは、最も重要な筈の情報源=情報の出どころが単に「アメリカ政府関係者」となっていることだ。CGを使った説明によると、この「アメリカ政府関係者」は1人で、記者と相対した場で取材に応じたとされる。

不思議なのは、「アメリカ政府関係者」を取材しているかと思われるワシントン支局長はこの計画の具体的な内容について語らなかったことだ。これは、テレビ局にいた私にはわかるが、このやり取りから想像するに、画面に出たワシントン支局長はこの取材に関わっていないと見られる。

テレビ朝日「報道ステーション」1月8日の画像から
テレビ朝日「報道ステーション」1月8日の画像から

この「アメリカ政府関係者」とは何だろうか?私は、1月8日のYahoo!ニュースに、「新聞は情報の根拠を明確にせよ」という記事を書いた。その際、実名をあげる必要はないが、その情報源がどれだけ情報に近いのか、それは何人から確認をとったのかを書く必要があるとした。フェイクニュースが問題視される中、報道機関には情報の出どころについても説明する責任が有るからだ。

前述の通り、このニュースの情報源は、この「アメリカ政府関係者」1人の様に思われる。正直言って、これだけの情報を1人の発言に依拠して報じるテレビ朝日には報道機関としての常識が欠けているようにも思うが、ここでは、それは問題にしない。問題は、この「アメリカ政府関係者」がどれだけ米国政府の北朝鮮攻撃計画という極めて重要な国家機密に接することができるかだ。

年末から年始にかけて、米国が北朝鮮をピンポイントで攻撃するという情報が複数の大手メディアで飛び交った。その根拠は明確ではなかったが、この時も北朝鮮の反撃は無いとの判断だった。しかし、大事なのは、その際の情報が日本政府からのものだったことだ。そして、この情報は突き詰めると、北朝鮮が反撃しないという推測以外に明確なものではなかった。それは推測であり、米国政府の計画という明確なものではなかった。

今回の報道ステーションの報道がそれと同じものなのかどうかはわからない。しかし、こだわらねばならないのはこの「アメリカ政府関係者」という表記だ。米軍の作戦計画を把握できる人間は米統合参謀本部、国防総省のしかるべき立場の人間か、国家安全保障会議のメンバー或いはスタッフだ。勿論、ホワイトハウスや国務省の高官ということも考えられる。

何れのケースを指す場合も、「アメリカ政府関係者」という表記はそぐわない。敢えてその表記をしたとすれば、極めて稚拙であり杜撰だと言わねばならない。これは情報源を守るという以前の問題であり、報道機関としての説明責任の放棄に近い

テレビ朝日「報道ステーション」1月8日の画像から
テレビ朝日「報道ステーション」1月8日の画像から

1つの可能性を敢えて指摘しよう。報道ステーションの報道は、年末に各社に流れた日本政府のリークを報じたものではないか。つまり、日本政府からの不明確な情報をあたかも米国政府から独自に仕入れた情報かのように報じたのではないだろうか。「アメリカ政府関係者」とすれば、日本政府高官も含めることができる。

もしそうでないと言うなら、テレビ朝日は情報源を、その情報源が特定されないギリギリの範囲で視聴者に説明する義務が有る。勿論、情報は正しいのかもしれない。しかし、結果的に正しいか否かだけが重要なのではない。報道機関は予測屋ではない。

情報源を可能な限り明確にする。フェイクニュースの問題が大きくなる昨今、それが報道機関の責務であることにテレビ朝日は気づいた方が良い。

(参考記事:新聞は報じるニュースの根拠を明確にせよ)

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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