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なぜ賞味期限切れの水は十分飲めるのに賞味期限表示がされているのか?ほとんどの人が知らないその理由とは

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:ロイター/アフロ)

2019年7月29日付熊本日日新聞の記事によれば、熊本地震の支援物資の飲料水が3年以上経っても130トン、一時保管場所に山積みされている。熊本市は、2020年1月までに使い切る考え。だが、ほとんど賞味期限切れとのこと。

品質劣化というより、通気性のあるペットボトルから水が蒸発して内容量が変わってしまうための「期限」

筆者は、備蓄などに使用される、ペットボトルのミネラルウォーターなどを製造する企業(メーカー)と契約し、一年以上、広報の仕事をしていた。

そのメーカーによれば、ペットボトルの水は、その多くが、濾過(ろか)や加熱の工程を経ることにより、雑菌を取り除いている。

雑菌が入り込んだ水は品質が劣化する。だが、雑菌のない水が腐敗することは、外部から異物が侵入しない限り、ない。

未開封で、高温高湿のところを避けて保存されていたペットボトルの水ならば、基本的に何年も持つ。実際、備蓄用で、5年間保存できる水も商品化され、市販されている(富士ミネラルウォーター 非常用5年保存水など)。

では、なぜ「賞味期限」表示がされているのか?

ペットボトルの容器は通気性があるため、長期保存している過程で、容器を通じて水が蒸発していく。すると、印字してある内容量(2リットルなど)が、だんだん減っていく。

飲食品は、食品衛生法や食品表示法など、さまざまな法律を守らなければならない。その一つに「計量法」がある。表示した内容量よりも少ない、となると、計量法違反となる。

したがって、印字してある容量をきちんと保てる期間、イコール、「賞味期間」ということで期間を区切っている、ということだ。「賞味(美味しく飲める)期間」というのは、厳密に言えば、正しくないかもしれない。

同様のことは、2018年7月3日付の産経新聞の記事「賞味期限を過ぎたペットボトルの水は飲めるか、飲めないか?」にも書かれており、日本ミネラルウォーター協会の事務局長が次のように答えている。

ペットボトルの水が「何年たっても腐らない」なら、いっそ賞味期限を「無期限」にしてはどうか。「いや、水の賞味期限は、表示された容量が確保できる期限です」こう話すのは日本ミネラルウォーター協会の渡辺健介事務局長だ。

食品は、食品事業者が科学的・合理的な根拠に基づいて賞味期限を設定している。一方、計量法の規定に基づいて内容量を表示する決まりもある。ペットボトルの容器は、通気性がある。すると、水が少しずつ蒸発する。つまり、時間の経過とともに減るのだが、表示と実際の容量が許容の誤差を超えた商品を「販売する」と計量法違反になる。ペットボトルの水の賞味期限は、もっぱら表示と実際の容量の誤差が許容範囲内にある期間、すなわち計量法違反にならない限度を示しているのだ。

なお、その水を「譲渡する」のは計量法に反しないし、飲むのも問題ない。備蓄しておいた水が減っても、計量法とは無関係だ。

渡辺事務局長は「東日本大震災以降、水の備蓄が増えたが、その分廃棄も増えている」と指摘する。

出典:2018年7月3日付 産経新聞 賞味期限を過ぎたペットボトルの水は飲めるか、飲めないか?

賞味期限=(イコール)品質が切れる日付ではない!

水以外に関しても、賞味期限を過剰に気にする人が、驚くほど多い。筆者は、賞味期限が美味しさの目安であり、かつ、短めに設定されていることを知って欲しく、2016年10月に『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬舎新書、4刷)という本を出した。

熊本日日新聞の記事を読んで、最初に感じたのは「なんでそんなに賞味期限を気にするの?」ということだ。賞味期限イコール品質が切れる日付ではない。美味しさの目安に過ぎない。義務教育の、中学校の家庭科の教科書でも説明されている。

気をつけるべきは、日持ちがおおむね5日以内の食品に表示される「消費期限」だ。弁当やおにぎり、惣菜、サンドウィッチ、調理パン、精肉や鮮魚、生クリームのケーキなどに表示される。

それ以上日持ちするものには、美味しさの目安である「賞味期限」が表示される。企業や分析機関が「微生物検査」や「理化学検査」、「官能(かんのう)検査」などの検査から、美味しく食べられる目安の日数を算出する。リスクを考慮し、0.8未満の「安全係数」を掛け算し、賞味期限が表示される。

たとえば、10か月美味しく食べられるカップ麺に、0.8の安全係数が掛け算されれば、賞味期間は「8か月」となる。製造から8か月経った日が「賞味期限」として表示される。

筆者の取材によれば、0.8という安全係数を使っている菓子メーカーもあれば、0.7を使って短めに賞味期限表示している冷凍食品メーカーもあり、1年以上の食品に「3分の2(0.66)」の安全係数を使っている食品メーカーもある。分析センターなどの専門機関の中には「0.7から0.9」を推奨している企業もある。0.5を使っている菓子メーカーもあれば、過去には0.3を使っていた、某有名お土産菓子メーカーもあった。

みんな、リスクが怖いのだ。だから、実際に美味しく食べられる期間よりも、短めに設定しておく。念のために。

賞味期限と消費期限のイメージ(農林水産省HP)
賞味期限と消費期限のイメージ(農林水産省HP)

ペットボトルのミネラルウォーターは賞味期限の日付を省略できるくらい賞味期間が長い

留意すべきは、品質がすぐ劣化しやすい「消費期限」表示の食品。

「賞味期限」は、美味しさの目安。しかも安全係数で短めに設定されている。

市区町村の役所(自治体)は、「消費期限と賞味期限の違い」を、市民に啓発すべき組織だ。ところが、賞味期限が過ぎているからといって、「もう飲めない」ものだと決めつけてはいないだろうか。

中学校の家庭科で、消費期限と賞味期限の意味と違いは学んできているはず。

なのに、美味しさの目安に過ぎない賞味期限を「品質が切れる期限」イコール「もう人が飲食できない期限」と誤解して、花壇の水やりに使ったり、手洗いや足元の洗浄に使ったりしているのか。「まだ飲めるのに、もったいない」と感じた。

日本では、賞味期間が3か月以上あれば、賞味期限の日付を省略することができる。

ペットボトル飲料は、中身によって賞味期限は違うが、どれも3か月以上の賞味期間がある。だから、清涼飲料水メーカーの大手5社は、2013年から2リットル以上のミネラルウォーターに関し、日付を抜く努力を続けてきた。

ペットボトルのミネラルウォーターの場合は賞味期間が1年以上、長いと2年、あるいは5年のものもある。

日付を省略し、年月表示にしたペットボトル(左)と、年月日表示のペットボトル(右)。日本では、賞味期間が3か月以上あれば、日付を省略できる(筆者撮影)
日付を省略し、年月表示にしたペットボトル(左)と、年月日表示のペットボトル(右)。日本では、賞味期間が3か月以上あれば、日付を省略できる(筆者撮影)

「フードマイレージ」を考慮し、まずは地元で使う

「地産地消」つまり、地元で採れたものを地元で使うこと。

これが理想的。

日本は、真逆をいっている。

食料の輸送距離と輸送量を占める「フードマイレージ」という値が、先進諸国と比べても、格段に高い。遠くから、莫大なエネルギーやコストをかけて、食べ物を持ってきている。で、年間643万トン(東京都民が一年間に食べる量)捨てている。

熊本に備蓄されている水は、まずは熊本県内で需要がある場所で有効活用していただきたい。

フードマイレージについて(中田哲也氏の公表書類より引用)
フードマイレージについて(中田哲也氏の公表書類より引用)

具体案その1 賞味期限切れのミネラルウォーターと切れていないミネラルウォーターの味や品質をきちんと比較する

前述の熊本日日新聞によれば、花壇の水やりや手洗いや足の洗浄に使って欲しいと呼びかける一方で、何か活用策がないか、全庁でアイディアを募っているとのこと。

防災教育の一環として、賞味期限が切れたミネラルウォーターと、切れていないミネラルウォーターの飲み比べをしたらどうだろうか?

本当に、味が違うのか。

あるいは、食品分析センターなどの専門機関で、はたして品質が劣化しているのかどうか、飲用として適切なのかそうでないのか、分析してもらうのはどうだろうか。

備蓄食品で、賞味期限が接近したものが食品ロスとなって廃棄される事例は、全国で散見される。

ただ、有効活用しているところでは、防災教育の一環として、小中学校や高校、あるいは地域で、企業で、自治体単位で、配布されている。

東京都環境局は、2017年1月から、賞味期限が迫った東京都の備蓄食品(アルファ米やクラッカーなど)を、希望する都内の団体へと公式サイトで呼びかけて、配布している。

賞味期限の多少の違いは目隠しテストで判別できないし、作ってから日を置いたほうが美味しくなる食品もある

作りたての食品と、作ってから日を置いた食品と、消費者は、たとえ味見しても区別できない、という調査結果は複数ある。

たとえば、帝京大学の渡辺浩平先生が、ヨーロッパで開催された、食品廃棄物関連の研究発表会で聴講された結果。

渡辺先生によれば、ハンガリーのグループが、スーパーマーケットの店頭で、ヨーグルトやソーセージなどの何品目かを、仕入れ直後のものと賞味期限が切れる当日のものとのブラインドテスト(目隠しテスト)を行ったそうだ。

どちらがより新しいものかを当てさせるという実験で、結果としては、どの商品も、ほぼ50%ずつに分かれた。要するに、判別できないとのこと。

その結果を踏まえ、ハンガリーでは、「買い物の時は、手前から順番に取りましょう」というポスターも制作された。

帝京大学の渡辺浩平先生が参加したヨーロッパの学会でハンガリーのグループが発表した「手前から取りましょう」のポスター(渡辺浩平先生提供)
帝京大学の渡辺浩平先生が参加したヨーロッパの学会でハンガリーのグループが発表した「手前から取りましょう」のポスター(渡辺浩平先生提供)

ヨーグルトやソーセージですら味の違いが判別できないのに、ミネラルウォーターの味の違いが、はたして判別できるのか?官能検査のプロなら判別できるだろうが・・・。

具体案その2 炊き出し実施団体やこども食堂に配布する

筆者は、食品メーカーの広報室長を務めていた2008年から、商品として流通できない自社商品をフードバンクに提供する取り組みをしていた。

2011年の誕生日に東日本大震災が起こり、それを機に会社を辞めて独立し、寄付していたフードバンク団体からは「うちの広報を」と依頼された。その後3年間は、日本初のフードバンクであるセカンドハーベスト・ジャパン(2HJ)の広報責任者を務めていた。

2HJは、東京に所在地があることもあって、東日本大震災時は、北海道から沖縄までの全国のフードバンクのハブ(中心的存在)の役割も果たしていた。

フードバンクの職員としても働いた経験からすると、2リットルサイズの備蓄用ミネラルウォーターというのは、少ない人員とコストで運営しているフードバンク団体にとって、扱いが大変な場合もある。なにしろ、重い。運ぶのにもコストがかかる。

また、飲食品の受け手である人たちにとっても、大きなサイズの水が大量に届いても、もてあましてしまう場合もある。

ただ、炊き出しを実施しているフードバンクや、食事を調理して提供しているフードバンク以外の団体にとっては、煮たりゆでたりスープを作ったりする調理の際に、そのミネラルウォーターを使うことはできるだろう。

こども食堂でも、調理に使えるだろう。こどもが飲むのがどうしてもためらわれるのであれば、食器を洗うのに使ったり、歯磨きのあとに口をゆすぐのに使ったりしてはどうだろう。

市区町村などの自治体であれば、ある一定の経済水準未満で暮らしている世帯を把握している。

たとえば、厚生労働省が発表している相対的貧困率の、貧困線(年収およそ122万円)未満の世帯などだ。その家庭に配布するのはどうだろうか。

あるいは、こどもがいて、児童扶養手当(略して「児扶手」と言われたりする)や、就学援助を受給している人に配布するのはどうだろうか。

東京都文京区が実施しているこども宅食プロジェクトでは、宅配で食料品の詰め合わせを定期的に送っている。対象となっているのは、文京区内の就学援助受給者(約 1000 人)と、児童扶養手当受給世帯(約 700 世帯)だ (生活保護世帯を除く)。

ただ、「賞味期限切れ」を「品質が切れている」と誤解している人は、「そんなものをあげるなんて失礼な」と立腹されるかもしれない。。

2016年の熊本地震の後、炊き出しでおにぎりを握る人たち(越智新氏撮影)
2016年の熊本地震の後、炊き出しでおにぎりを握る人たち(越智新氏撮影)

食料支援をする場合は一方的に送って被災地に負担をかけないようにしたい

以上、つたない具体策を示してみた。

なお、今後も自然災害は全国各地で発生するだろう。

そのような時、被災地の状況を把握してから、本当に不足しているものを支援してあげるようにしたい。

筆者が食料支援に関わったのは、2004年の新潟中越沖地震の時からだ。

2011年の東日本大震災の時には、トラックに乗って、何度も被災地へ足を運んだ。

宮城県石巻市で、トラックで積んできた自社商品をおろす筆者(赤い服、関係者撮影)
宮城県石巻市で、トラックで積んできた自社商品をおろす筆者(赤い服、関係者撮影)

その後も全国各地で多くの自然災害が発生し、そのたびに食料支援の様子を見てきて、感じることがある。

「支援した」という自己満足の支援が少なからずあるということだ。

たとえば今回の水に関しては、東日本大震災後に発生した原発事故で、特に福島県では水の需要が急激に高まった。筆者の所属していた2HJも、トラックで何度も水を運んだ。

だが、熊本県の地震では、東日本とは状況が違った。津波も来ていないし、東日本の時とは、必要とされる物資の種類も数も違ったはずだ。

熊本日日新聞の記事によれば、熊本市の危機管理防災総室が、水が足りているにもかかわらず、「善意で送ろうとしている方々に『必要ない』と言えば、失礼に当たる」と考え、「飲料水が足りていることを、なかなか情報発信できなかった」という(2019年7月29日付、熊本日日新聞)。

これは、被災地となった自治体の対応として、今後の課題ではある。

だが、ただでさえ疲弊している自治体を責めるより、被災していない支援側の方が、被災地で何が足りていないのか、逆に何は足りているのかなどを把握し、ニーズに見合ったものを送ってあげるような、一方的でない支援が必要ではないだろうか。そうでないと、たとえ善意でやっていたとしても、かえって、迷惑をかけてしまう。現に、地震から3年以上経っても、被災地だった自治体を困らせる結果となってしまった。

2016年の熊本地震のあと、おにぎりを握る人たち(越智新氏撮影)
2016年の熊本地震のあと、おにぎりを握る人たち(越智新氏撮影)

世界ではいまだ22億人以上が安全な飲料水の供給を受けていない

国際連合広報センターによれば、2015年の時点で、世界人口の29%が、安全に管理された飲料水の供給を受けていないという。

2019年度の世界人口を77億人とすれば、29%は22億人もになる。

安全で安価な水を利用できない人が世界中にいる(国際連合広報センターHP)
安全で安価な水を利用できない人が世界中にいる(国際連合広報センターHP)

SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)では、2030年までに、世界中の人に、安全で安価な水を、と、6番目のゴールで目標を立てている。

SDGsの6番(国際連合広報センターHP)
SDGsの6番(国際連合広報センターHP)

日本では、蛇口をひねれば水は出るし、ペットボトルの飲料水もふんだんにある。

だから、賞味期限という「美味しさの目安」に過ぎない数字を鵜呑みにして、まだ十分に飲めるせっかくの貴重な水を、飲まない形で処分してしまおうとするのかもしれない。しかもペットボトルの水は、賞味期限が過ぎても、内容量は減っているかもしれないが、十分に飲めるはずのものだ。

異常気象もあり、自然災害は毎年、頻発している。

災害は「非常事態」ではなく、いつでもどこでも「起こり得るもの」と考え、過去の事例を教訓に、水も、食べ物も、無駄に捨てないようにしたい。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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